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マンデラエフェクトで、聖書の聖句個所がたくさん変わっている?という質問について

聖書の聖句個所がたくさん変わっているんですか?という問い合わせが多数あり、見ていると、日本のニューエイジャーが作っているYouTubeの動画を共通して見られているようです。

神学的に考えれば、 聖書の御言葉は、永遠に変わることがないもの。それゆえもしその記述が変わっていたとするならば、マンデラエフェクト自体を起こしている霊が、悪霊からくるものであるということが判別できます。それゆえ神学的に非常に慎重に見ていかなければならない領域だといえます。

「こう言われているからです。 「人は皆、草のようで、 その華やかさはすべて、草の花のようだ。 草は枯れ、 花は散る。 しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。」これこそ、あなたがたに福音として告げ知らされた言葉なのです。」

ペトロの手紙一 1:24-25 新共同訳

そしてその論点を踏まえた上で、指定の動画を検証してみたのだが、おそらく個人的にキリスト教への反感やある種の敵意を持っている方で、ちょっとあまりにも映像編集に悪意があったので、これはちゃんと正した方がいいのだろうと思い、また質問も増えてきたので、一覧して見られるように記載します。

欽定訳聖書の内容が1000か所以上変わっているというセンセーショナルなタイトリングの動画ですが、引用されているのは 1611年(日本でいうと江戸時代)に翻訳された欽定訳聖書(King James Version)。時代的にはちょうどシェイクスピアの時代。

基本的な聖書神学の知識と、中世の英語の教養(例えば、youがthyやthouと表現されたり、souldがshaltと表現されるなど)があると、わりとこの動画でいわれている指摘は、これらは 単純に 古語の知識不足からくるものだと客観的に判断できる。 1963年の新アメリカ標準訳聖書(ASV)日本語の新共同訳 口語訳などは変わっていません。

highway(街道)やmatrix(古語で子宮) alien(異邦人/外国人)table(石板)など挙げられている全ての例が 聖書に関わらず普通に使われる英語表現。日本でいうと江戸初期の翻訳の中に 現代のSF風なワードが使われていると感じて その異化的な作用から認知不協和が起きているのだと思います。

またそもそも聖書というのは原文が、旧約聖書はヘブライ語、新約聖書はギリシア語になります。そこで、聖書の中身が変わっているとするならば、そもそも原典となるヘブル語やギリシャ語の写本全てが連携して変わることになるはず。もちろん日本語もそれに連動して変わります。(基本的にマンデラエフェクトの特徴は、オーストラリア大陸の移動のように歴史から何から完璧な形ですべてのものが連動して変わるので、ほかの要素との関連性に矛盾が生じないような変化となるはず)

しかし、むろんそうしたことは起きておらず、単なるこの方の中世の英語に対する(あるいは動画を見ていると、そもそも ルカ19章23節の銀行や利子の話 、 27節の終末の日の裁きの話 、タラントンやムナのたとえすら知らないという意味では、聖書の内容そのものへの)教養不足による誤解だということは、客観的に判断できます。

日本語の動画の編集自体に、おおもとの映像以上のメッセージを入れ込もうとする編集上の悪意を感じたのですが、アメリカの方のサイトを拝読したところ、悪霊の追い出しのミニストリーをされている方で、おそらく特定の教派の教会ではなく、牧している方のカラーが非常に出やすい単立教会。この方の見解では、マンデラエフェクトはCERNの書き換えが原因で 悪霊からの聖書への攻撃だということになっていました。しかし冷静に考えると上記の点においても、そもそも原典となるヘブル語や、ギリシャ語、もちろん日本語の他の言語を含めたものは連動して変わっているということはありませんでした。

しかし、興味深いことは、こうした発信源が、特定の悪意を持ってオリジナルの動画から再編集したものが 、さらに人の手に渡る中で、話が膨らんでいくこと。そして、「聖書の内容が変わった」という伝言ゲームをしてい人のほとんどが、そもそもほとんど聖書を読んだことのない、そもそもキリスト教に対して割と強い偏見を持ったニューエイジャーの方が多かったということ。

そもそも記憶が書き換わったということを証言するには、それ以前に読んで記憶があるということがマンデラエフェクトの実在を証言する前提なのですが、結局自分の記憶をもとにしていないため、どんどん伝言ゲームで話が大きく膨らんでいく、いわゆるニューエイジにありがちなエコーチェンバー型のカルト的言説になってしまってるようでした。

また、こうした伝言ゲームが執り行われていたプロセスで共通して感じるのは、おそらくキリスト教というもの自体に、よい印象をもっておられないのかな?という感じを受けます。

個人的には、これを機会に、ニューエイジという文脈を、客観的にメタ認知して知るためにも、聖書を読んでいただければな…と感じます。

また、ニューエイジ文化の危険性についても書いています。何よりも僕自身がニューエイジ文化のど真ん中にいましたから、 むしろ12年もの間ニューエイジ文化を積極的に引っ張っていた側の人間だったわけで、誰よりも罪が重く、むろんどんなニューエイジャーも裁くことはできないし、そもそも僕自身クリスチャンとしても、罪人でしかありません。今の自分の身において、そうした罪を贖ってくださった主イエスキリスト以外に、全く持って誇るところはないなと感じます。ただただニューエイジ文化の持つ危険性を知り、同時に福音の恵みを知っていただければ嬉しいなと思い、日々、証しています。

https://church360vr.com/?s=%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%B8

主の平和がありますように、父と子と聖霊の御名においてお祈りいたします。アーメン。

マンデラ大統領という偉大なクリスチャン

土曜日のパワーブレイクファーストにて、ご一緒させていただいている国際弁護士で、伝道師の佐々木満男先生。以前僕自身がニューエイジからクリスチャンへと、つまりイエス様へと召されたきっかけとなったマンデラエフェクトというひとつの徴についてお話したのですが、その後、先生も誠実にこの話に耳を傾けてくださり、今日はあるメッセージをいただきました。そもそもマンデラ大統領は非常に敬虔なクリスチャンです。このマンデラエフェクトという言葉自体に、敬虔なクリスチャンの名前が選ばれていること自体に主の御手、大いなる意図があるように感じます。

ふと、杉本さんの「マンデラ・エフェクト」について考えていたら、「マンデラ・サンクス」という言葉が思い浮かびました。「マンデラ感謝」という意味です。

マンデラ氏は南アのアパルトヘイト打倒の武力闘争派の指導者として捕まり、国家反逆罪で本来ならば死刑であるところを、裁判官が国際世論を気にして無期懲役刑に処せられました。海の孤島の刑務所に入れられたマンデラ氏は、釈放されるまでの27年間、毎日、朝起きてから寝るまですべてに感謝する生活をつづけたとある本に書いてありました。その結果、敵を愛し闘争をやめて赦す気持ちに変わり、出獄後は和解の道を歩みノーベル平和賞受賞後に南アの大統領になりアパルトヘイトは全廃されました。まさに「マンデラ感謝」の力です。

そこで、私も眠い頭で感謝をし始めました。感謝すればするほど感謝するべきことが思い浮かび、ノンストップになりました。そうしたら聖霊に満たされてきて、周囲が天国のように思えてきました。自然に顔がほころんで、何もないのにニコニコしたり、小さなことに笑いがこみ上げてきました。そして、自転車でふらっと夕食を食べに出かけました。道を歩く人々が愛おしく誰にでも挨拶したいような気分でした。餃子が食べたくなって原宿餃子に行くと長蛇の列です。あきらめて、たこ焼き屋に行こうと歩き始めたら、原宿餃子のマスターが中から出てきて、ニコニコして長蛇の列を無視して、そのまま私を招き入れ一人席に座らせてくれました。何か狐につままれたような感じでした。いつもは気難しいマスターが私をみて笑いながら挨拶をしてきました。そんなことは初めてです。餃子を食べてから、近くの喫茶店で眠気覚ましにコーヒーを飲んでいたら、女の店員さんが近寄ってきてニコニコしながら挨拶して話しかけてくれました。その店には何度も入っていますが、これも初めての体験です。

佐々木満男先生からのメッセージ

主にあって深く感謝します。
マンデラエフェクトはどうも色々な方の経験を見ていると、その時イエス様の臨在があるようなのですよね。どうも御國に招いているようにしか思えないのですよね。

その意味でもマンデラサンクスとは、主イエスキリストの臨在への感謝と賛美になりますね。アーメンです。

from 杉本譲治

聖職者の財政的問題

そもそも聖職者が元ニューエイジャーに生活苦から借金の無心を依頼しなければならない状況自体が、いかにいまの教会世界が弱ってしまっているかを物語っていると感じる。福音をしっかりと伝えて、信仰の回復とともに、聖職者がしっかりと盤石な経済的な基盤を持てるようになることは、リバイバルの基本になっていくと思う。クリスチャンにとって本来誇りの存在であるべき聖職者はあくまで、清貧であるべきであって、俗貧にさせてしまってはいけない。そのためには周囲の人間がしっかりとしないといけない。多分こうした教会特有の問題は僕だけじゃなく、あらゆる教会であるんじゃないかとも思う。高齢化が進む教会では、こういったことに直面するのは、おそらく僕だけでないだろう。そうやって、何も手を打てないまま、教会はすたれていくのだと思う。問題は必ず個人の資質以上に、置かれた環境やシステムによって作り出されるもの。これは経営コンサルタントとしての視点。そういう視点も、牧師先生方や多くのクリスチャンのために、VRなどを使って、今後しっかりとお伝えしていこうとしみじみと実感する出来事だった。

イエスキリストは生命のパン

この半年間で、ここ数年神様に言われて貯めていた数百万の貯金の半分ほどは全て教会のために配り、最後に生活のために残しておいたお金はカソリックとプロテスタントの双方の聖職者に借金の無心を依頼され、生活が苦しそうなので、たぶん返ってこないんだろうな…と思って貸したら案の定返ってこず、無一文になった。聖職者といえど人間って本当に愚かだなと思うし、同時に、そういう罪をも十字架の上で贖った主イエスキリストがいかに恵み深い存在であるかもしみじみと思う。これでいよいよイエス様の弟子として、本気で仕えることができる。すべてを捨てなければイエス様の弟子にはなれないわけで、誠にハレルヤでしかない。 このグラウンドゼロから、神様の栄光を現わしていきたい。アーメン!

「そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」 イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。 そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。 決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。 しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。 家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。 その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。」
‭‭マタイによる福音書‬ ‭18:21-27‬ ‭新共同訳‬‬

「わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子供、畑を捨てた者は皆、その百倍もの報いを受け、
永遠の命を受け継ぐ。 しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。」」
マタイによる福音書 19:29-30 新共同訳

「大勢の群衆が一緒について来たが、イエスは振り向いて言われた。 「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。 自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。 あなたがたのうち、塔を建てようとするとき、造り上げるのに十分な費用があるかどうか、まず腰をすえて計算しない者がいるだろうか。 そうしないと、土台を築いただけで完成できず、見ていた人々は皆あざけって、 『あの人は建て始めたが、完成することはできなかった』と言うだろう。 また、どんな王でも、ほかの王と戦いに行こうとするときは、二万の兵を率いて進軍して来る敵を、自分の一万の兵で迎え撃つことができるかどうか、まず腰をすえて考えてみないだろうか。 もしできないと分かれば、敵がまだ遠方にいる間に使節を送って、和を求めるだろう。 だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」」
‭‭ルカによる福音書‬ ‭14:25-33‬ ‭新共同訳‬‬

ただただ主にあって御言葉を生きます。御言葉は生命のパンであり、主イエスキリストの身体です。アーメン!

最新のVR(仮想現実)技術を用いた聖書入門講座

「あの分厚い聖書をどのように読めばいいのか?」
これはイエス様を理解する上でも、まず最初に誰しもが
ぶつかる普遍的な課題なのではないかと思います。

このテーマに関しては、これまでも
詳しくお伝えしてきましたが、
やはり「百聞は一見に如かず」で、
実際に僕が講座の中で語る様子を見て、
体験していただいた方が、より伝わりやすいものだと感じておりました。

そこで、今回最新のVR(仮想現実)技術を用いて、
まるでその場にいるかのように360度の映像の中で、
僕の講座を受けられるバーチャル教室を
ウェブサイト上に作りました。視聴はもちろん無料です。

VR/2D版「初めて聖書を読む方へ」
https://church360vr.com/vrbiblestudy

【大リバイバルの兆し】豪華俳優陣による「聴くドラマ聖書」が話題沸騰

今日は、クリスチャンの世界の中で
話題沸騰となっている新しい聖書アプリをご紹介します。

それが、iOS/android両対応の「聴くドラマ聖書」です。

これまでも、新約聖書のイエス様が宣教された姿
(マタイ/マルコ/ルカ/ヨハネの4つの福音書)を
聖書の一言一句をもらさずに映像化したコンテンツをご紹介しましたが、
https://church360vr.com/matthew

今回登場したアプリはなんと、新旧両訳聖書の全てを、
テレビや舞台の第一線で活躍されている
著名な俳優さんや女優さん、声優さんが、
最新の翻訳である新改訳2017年版に基づいて、
オーディオドラマとして完成させたもの。
こちらも特定の宗派に所属しない超教派の団体が、
完全無料で制作・リリースしたものになります。

主要なキャストをご紹介すると、
大和田伸也(神役)
井上芳雄(イエス役)
奥田瑛二(イザヤ役)
加藤雅也(モーセ役)
南沢奈央(マリア役)
藤田朋子(ルツ役)
つるの剛士(マタイ役)
川崎麻世(ヨハネ役)
(敬称略)

といった豪華なキャストが表現豊かなオーディオドラマで
聖書の全てを一言一句もらさずに演じていきます。

▼メイキング映像も非常に魅力的です
https://www.youtube.com/watch?v=iO1TU8U59fo

百聞は一見に如かずなので、
ぜひダウンロードして体験してみてくださいね。

聴くドラマ聖書公式サイト
https://graceandmercy.or.jp/app/

聴くドラマ聖書(iOS版)のダウンロードはこちら
https://church360vr.com/audiobibleios

聴くドラマ聖書(android版)のダウンロードはこちら
https://church360vr.com/audiobibleandroid

毎週土曜日のパワーブレークファーストの集いのお知らせ

毎週土曜日の朝9時~11時に、六本木グランドハイアットホテルのフレンチキッチンにて、国際弁護士の佐々木満男先生や、作家で牧師のジョセフケン先生をはじめとした、熱きリバイバリストたちに会って親交を深められる朝食会(パワーブレークファースト)を開催しています。

事の始まりは、ビジネスマンに向けた福音伝道を趣旨として創立されたINTERNATIONAL VIP CLUBの活動の一環として、第1・3・5土曜日の隔週での開催で、これまでも16年間開催されてきた佐々木満男先生が主催する朝食会に、私自身が参加させていただいたことがきっかけ。

ある時、牧師のケンジョセフ先生とお話しているときに、聖霊の注ぎによって意気投合し、いつもは開催していなかった第2,4土曜日も、ケンジョセフさんと私は出席し(つまり毎週出席して)毎週必ず集えるようにしましょう!ということになったことで、この会が毎週開かれることになりました。

参加をご希望の方は下記の予約フォームからお申込みください。参加費は無料で、飲食費のみ各自実費精算(コースではないのでお食事をされる方は数千円程度/飲み物だけであれば千円程度)となります。

VR/2D版「初めて聖書を読む方へ」をお届けします

VR版「初めて聖書を読む方へ」

スマホを使ったVRでの視聴方法はこちらの動画や、解説ページからご覧ください。

VRゴーグルはAmazon.comで2000円程度で購入できます。

2D版はこちらからご覧いただけます。

ハレルヤでアーメンな日々において

僕も含め周囲のリバイバリストの周りの人たちにイエス様への信仰に回心する人たちが増えてきた。ハレルヤでアーメンな時が来ているよ。リバイバルってのはこうやってやってくるんだね!ジーザスクライスト!!ハレルヤ!!アーメン!!

リバイバルの基本

ようはジーザスはハレルヤでアーメンなお方なんだよね。これがリバイバルの基本。

リバイバリスト

牧師や伝道師や教師、使徒や預言者というよりも、ようはリバイバリストというのが一番正確なのかもね。概念としてのレイヤーがひとつ層が違う。
そういう意味で今身の回りにいる人々は、リバイバリストだわ。アーメン!

「またか」「落ち着け」という反応について

伝道というレイヤーよりも、やはりリバイバルというレイヤーなんだよね。より大きなマスがシステムとして動く時代。
逆にリバイバルっていうとわりと教会の内側では「またか」「落ち着け」的な感じなんだけど、これからやってくる信仰回復運動ってそういうものでもない気がする。明らかにこれまでの霊的な傾向とは変わってきている気がする。聖霊の注ぎと、あとはテクノロジーの適応。この辺りの霊的環境、社会的環境、情報環境などがいい感じに準備が整っている気がする。

逆に最初に「またか」「落ち着け」という人ほど、むしろ昔にリバイバルに燃えた方々が多いので、結果的に話して行く間に、燃えていかれる傾向がある。結局のところイエス様と聖霊様、そしてお父様がそれをなさるのだと思う。

テクノロジーと宗教改革

VR伝道とリバイバルって何も今始まったわけではなく、そもそも宗教改革の際の活版印刷がまさにこれだった。当時の活版印刷はまさに教会権力を介在せずに、直接イエス様と出会う画期的な技術だった。テクノロジーとリバイバルは常に表裏一体の関係性にある。

「ゴッドファーザー」とクリスチャニティの精神

映画「ゴッドファーザー」の中でさえクリスチャニティ の精神は現れる。否、正確にはマフィア映画の「中だからこそ」と言ったほうがいい。クリスチャニティ は自らを義人と思う人のためのものではなく、罪人のための教えだからだ。どんな悪人においても、人格の上に人生を積み上げていける理由は、イエス様の十字架の贖いという霊的な儀式の執り行いがあるからだ。そもそもゴッドファーザーという言葉や概念自体が、カソリック の洗礼式の習慣から来ている。
マーロンブランド演じるヴィトーコルレオーネは、正義を「戦いのなかで振りかざす剣」と捉えず、「平和のうちに撒く種」と捉えた。それゆえ人々は彼の蒔く正義という種に従った。父親の正義を、戦いの中で振りかざす剣として捉え始めた段階で、アルパチーノ演じるマイケルはどんどん転落していくことになる。
いまの50代以降の方々が口々に言う「昭和の大物像」はまさにこのヴィトーコルレオーネが示す元型そのものである。そこにはすでにどんな罪人でも十字架の贖い故に義とされる神の慈しみ深き愛と、平和のなかに蒔かれる正義の種という共通する性質がある。現代的ポリコレや、ニューエイジ 思想のなかで小さくまとまった自己義認の器とは大きく異なる。その背景にはやはり主イエスキリスト がおられる。アーメン。

「義の実を結ばせる種は、平和をつくる人々によって平和のうちに蒔かれるのです。」
(ヤコブの手紙 3章18節 新改訳2017)

結局こういう作品の中に現れるような人間的な「器」こそ、経営者に求めらられる資質になるのだと思う。こういう失われてしまった精神を僕の世代から復興していくことが、リバイバルだといえる。アーメン。

私のために死んでくださった神

八百万の神々の国といえど、世界を創造した神ご自身であるにもかかわらず、さらには自らを最も低くし、すべての人の僕(しもべ)となり、私たち一人一人の罪を贖うために死んでくださった神はイエスキリストのほかにいない。クリスチャンの信仰の本質はここにある。こうした本質があったからこそ、当時の異邦人(非ユダヤ人たち)であるギリシャやローマの人々もギリシャ/ローマ神話を離れてまで、イエスキリスト に従った。むろんギリシャやローマにも、世界を創造した神が、すべてに人の僕(しもべ)となって、死んでくださったという神学的構造は存在しない。アーメン。

安定して成功している人の要因を観察していくと

社会人になってから、安定して成功している人の要因を実際の体験を通じて観察していくと、揺るぎない土台の上に自分の人生を置いていることがわかる。共通するのは人格主義。自分の感情の上に人生の基盤を置かずに、人格の上にこつこつと結果を積み上げていく。こういう方々の背景にはほぼ確実にイエスキリストがいる。つまり信仰がある。信仰がなければ、世にあって一貫した生き方を持つことは難しいものだ。敬天愛人を是とした明治の志士たちや、昭和の大物(最近50代以降の人からこうした「昭和の大物」がいた時代の話をよく聞く/おそらく何かしらの共通するアーキタイプを見ているのだと思う)たちの背景にあったものを回復すること。これがまさに信仰の復活、リバイバルになるわけだ。

安定した成功を収めていく人が、揺れ動きやすい感情の上にではなく、人格の上に自分の人生を積み上げていける理由は、何よりもイエス様の十字架を知って、信じていることで「罪責感」からの解放があるからといえる。自己義認ではない信仰義認によって、自然と人の愚かさを赦し、また自らも自らの罪を悔い改めて、日々新たにされていくからこそ、感情の上にではなく、揺るぎない人格的土台をベースとした人生を築いていくことになっているのだと思う。この辺りが言語化できるようになってきたことは、何より聖書の御言葉を学ぶことでもたらされる「よい実」の一つである。
すぐに技による救済論、ナルシシズムや、揺れ動きやすい感情の上に成り立つ自己愛的人生に陥るニューエイジ 的な思想を冷静に見つめ、乗り越えていかなければならない時代だと思う。

ビジネスマンは聖書を読むべきだと強く思う。

ビジネスマンは聖書を読むべきだと強く思う。

主の御心に沿って、安心領域を超えていくこと。

主の御心に沿って、安心領域を超えていくこと。人生は冒険であると同時に、常に主は私の避けどころ、私の砦。主にあって、私に乏しいことはない。アーメン!

「神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。 苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。 わたしたちは決して恐れない 地が姿を変え 山々が揺らいで海の中に移るとも 海の水が騒ぎ、沸き返り その高ぶるさまに山々が震えるとも。 〔セラ 大河とその流れは、神の都に喜びを与える いと高き神のいます聖所に。 神はその中にいまし、都は揺らぐことがない。 夜明けとともに、神は助けをお与えになる。 すべての民は騒ぎ、国々は揺らぐ。 神が御声を出されると、地は溶け去る。 万軍の主はわたしたちと共にいます。 ヤコブの神はわたしたちの砦の塔。 〔セラ 主の成し遂げられることを仰ぎ見よう。 主はこの地を圧倒される。 地の果てまで、戦いを断ち 弓を砕き槍を折り、盾を焼き払われる。 「力を捨てよ、知れ わたしは神。 国々にあがめられ、この地であがめられる。」 万軍の主はわたしたちと共にいます。 ヤコブの神はわたしたちの砦の塔。 〔セラ」
‭‭詩編‬ ‭46:2-12‬ ‭新共同訳‬‬

わたしは福音を恥としない。

結局、主のため、人のために生きていると、与える力がついてくるから、自分が生きるには困らないほどの恵みはたくさん天から与えられる。大事なことはこの真理をシンプルに体感できる福音という素晴らしいお知らせを伝えていくこと。

「わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。」
‭‭ローマの信徒への手紙‬ ‭1:16‬ ‭新共同訳‬‬

信仰をベースにしたビジネスマンの共同体

信仰をベースにしたビジネスマンの共同体を作る。これが今、召されている役割の一つ。
もちろんこれだけではないし、いろいろな方面でのエクレシアの立ち上げに携わっているが、しかし日本のクリスチャニティのリバイバルにおいて一つの重要な働きとなる。
俗富ではなく、清富の精神が今後の日本の霊性復興において非常に大切だ。
父と子と聖霊の御名においてお祈りいたします。アーメン!

日本のリバイバル

いよいよ人生が本格的に動く時だ。万軍の主とともに参ります。日本のリバイバルは、刻一刻と近づいています。主の御名においてお祈りいたします。アーメン!

アダムの罪

最大のディザスターは、アダムの罪によって人類に死が忍び込んだこと。全ての天変地異の原因も霊的にはここにある。この鋳型はすでにノアの箱船などにも象徴されている。
今回の祈りの中で気づいたことは、マタイ8章23-27の嵐を鎮めるイエス様の話が、実は、バプテスマの鋳型になっているということ。てっきり主に依り頼むことが大事という意味でしか捉えていなかったが、よく考えたらこの聖書箇所は、ノアの箱船と水によるバプテスマの伏線が敷かれているのだと気づく。
さて、今回の厄災も、僕にはどこか日本全土が水によるバプテスマを受けたような気がしてならない。これからやってくる天の水は、霊的な注ぎ。霊による洗礼がリバイバルという形で日本にやってくるような気がしてならない。
ちなみにこの鋳型は新海誠監督作品の「天気の子」でも同様にシンボライズされている。あの映画は日本的汎神論との世界観とクリスチャン的世界観との架け橋として見ると非常にスッキリと読み解ける。
日本的汎神論とは里山自然崇拝であり、天気とは父なる神そのもの。つまり天気の子とは、神の子のこと。天の上の水、霊によるバプテスマ 、十字架の贖い(神社の鳥居と十字架はユダヤの過越の祭で繋がる)という視点から見ても、「君の名は」がそうであったように、ある種、預言的な作品になっているのだと思う。

「イエスが舟に乗り込まれると、弟子たちも従った。 そのとき、湖に激しい嵐が起こり、舟は波にのまれそうになった。イエスは眠っておられた。 弟子たちは近寄って起こし、「主よ、助けてください。おぼれそうです」と言った。 イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」そして、起き上がって風と湖とをお叱りになると、すっかり凪になった。 人々は驚いて、「いったい、この方はどういう方なのだろう。風や湖さえも従うではないか」と言った。」
‭‭マタイによる福音書‬ ‭8:23-27‬ ‭新共同訳‬‬

日々の積み重ね

日々できることをコツコツと。全ての物事を主イエスキリストにあって感謝します。台風など色々な厄災はやってきても、基本は同じ。主に依り頼み、自分ができることを信仰心を持って日々つみあげていくこと。最終的な解決解決は、イエス様の十字架の贖いによって永遠の生命にあずかれる福音伝道以外において他はない。父と子と聖霊の御名においてお祈りいたします。アーメン!

【動画講座】初めて聖書を読む方へ

初めて聖書を読む方へ(前編)
初めて聖書を読む方へ(後編)

マンデラエフェクトを創造主がいるというサインとしてとらえる

マンデラエフェクトを経験した時 自分の意識が創造したのではなく ひとまず宗教を横に置いて 創造主がいるというサインだということに気づけば まずはそれでいいのだと思う。それが2000年前にヘレニズム社会において起こったこと。そういうパラダイムシフトが 汎神論優位の日本の中で起きつつある。

マンデラエフェクトが広く伝播し始める

マンデラエフェクトが先月twitter上で最初にバズり始めたのは 陰謀論をベースにしたエコーチェンバーの内部だったが ここ数日その外部にも伝播し始めた。指数関数の爆発的な曲線を描きつつあるので やはりここからものすごい勢いで飛び火し 今月中旬には相当なところまで広がっていくのだと思う。

終わりの日の聖霊のバプテスマ ―天の上の水が降り注ぐ

ヨエル書の終わりの日に全ての人に主の霊が注がれて、死と復活を体験するって、まさに創世記の中で、天の上の水が落ちてくることや、その中での死と復活を示すノアの箱舟を鋳型にしているんだなと思う。構造的に考えても本当によくできているなと、聖書を学べば学ぶほど強く実感する。

つまり終わりの日にすべての人に注がれる主の霊とは、まさに天の上の水ほどのものになるということ。このイメージ、とても良い。

主イエスキリストの御名において

そもそも日本人の中で、明治維新以降入ってきた思想を象徴する人物として、プラトンやアリストテレス(ギリシャ主義)が常に優位であり、イエスキリスト(ヘブル主義)はほぼほぼ意図的に無視されてきていること自体が、文化的受容として非常にいびつな構造になっている。分断が進む時代は、イエスキリストという人物像抜きに、統合はされていかない。こういう日本独特の文化的受容のひずみが今後、イエスキリストの御名において解消されていく時代になっていくだろう。アーメン。

リバイバル

絶え間ない霊の注ぎで、燃えまくっている。燃え続け、燃え上がり、燃え去ることはなく、絶え間なく注がれている。ヨエル書の霊の注ぎは、まさに創世記の中で、天の上の水が降ってきたように、人々にキリストにおいて、死と復活をもたらすのだと思う。ノアの箱舟、天の上の水、キリストの死と復活、そして、聖霊のバプテスマ、洗礼者ヨハネ、すべてが一つとなって注がれる。それが今日本で起こりつつあるリバイバルだ。アーメン!

主の恵みとともにある日々よハレルヤ!

主の溢れんばかりの恵みに圧倒される毎日。主よ私をあなたの御心にかなうように造り替え、あなたの道具としてお使いくださいと祈ったとたんに、わずか2ヵ月の間に、全く別の人生になる。そして、ありがたいことに主は、日々、低く、低くしてくださり、また、主の栄光と賛美とともに歩める人生としてくださる。日々ハレルヤであるし、本当に恵みの中に生きられるんだなと実感する。喜びに溢れる日々。本当に、しみじみとありがたいなと思う。よく「死ぬまでにやりたいことは?」「死んで後悔しないために」というが、そもそもクリスチャンは永遠の生命を得ているので、発想がもはやそういう視点ではなく、常に主とあって、喜びと恵みの中にある。これまでも、これからも、永遠に。主イエスキリストをほめたたえます。ハレルヤ!アーメン!

聴くドラマ聖書がついにリリース!

ついに出ました!豪華俳優/女優/声優陣による聴くドラマ聖書です!

日本のリバイバルの発信源になると思います。

福音の伝道

福音の伝道というのは、あくまで思惟への奉仕であって、無償の愛の理念に基づく、実際の思いやりのある行動に根差した、献身にすぎない。決して他者に信仰を強制するのものであってはいけない。ここはとても大事なこと。

一人でも多く、イエス様の十字架(福音)を知ってほしい

一人でも多く、福音を知って、蘇って欲しい。それが今の原動力。

マンデラエフェクトを説明する際に、汎神論や理神論(科学)に基づく説明だと、パラレルワールドとなる。聖書に基づくと創造主、イエスキリストの御技となる。パラレルワールドは分離だが、イエスキリストは統合であり、また無償の愛である。ここに重要な違いが存在する。

マンデラエフェクトが僕の身に起こり始めたのは、2年半前。その間この現象を人に説明するために、いろいろな宗教哲学や、量子力学などの本を読み漁ったのですが、どれも難解すぎて「人に説明できる」ためには、不十分。最終的に行き着いたのが「聖書」でした。

「聖書」は「イエス様の十字架の贖い」を信じることで、その人の内側に聖霊が内住し、その働きによって読めるようになるもの。そして、知恵ではなく、信仰によって真実を理解できるようになるものなので、「全ての人」が理解できる体系です。マンデラエフェクトの答えはここに全て啓示されています。

僕は聖書に行きつくまで、この2年半、毎日起きている間中ずっと宗教・哲学・人文科学、東西古今の書籍を読み漁っていました。この2年半のような孤独を味わってほしくなく、思惟への奉仕をしたいと思い、また聖書の御言葉、そして、本質的にはイエス様の十字架について知ってほしいと活動しています。

聖書が素晴らしいのは、イエス様がすべての次元、周波数帯をとりなしてくださるので、汎神論だと「パラレルワールド」という名目で分断されていくほかの人との関係性を、すべての人と会えるようになるということ。「汝の敵を愛せよ」とは、別れたパラレルに、しっかりと再会できることを意味します。

「低いものは高くされ、高いものは低くされる」という基本的な姿勢が、何よりも、格差社会が、階級社会へとさらに悪化し、分断されていく日本社会の大きな突破口になると思っております。

「貧しい兄弟は、自分が高められることを誇りに思いなさい。 また、富んでいる者は、自分が低くされることを誇りに思いなさい。富んでいる者は草花のように滅び去るからです。」 ヤコブの手紙 1:9-10 新共同訳

パスカルのパンセ

ある時聖霊から「パンセ」というメッセージが来て、調べると科学者のパスカルの文献でした。その中でパスカルは「イエスキリストなしに、世界は存在しないであろう。その場合、世界は崩壊するか、地獄のようになるか、どちらかになるほかないからである。」と述べています。あのパスカルです。

科学者パスカル「パンセ」より。 世界はイエスキリストにより、イエスキリストのために存在し、人間にその堕落と贖いとを教えるためにのみ存在しているので、すべてのものはこれら二つの真理を証明するものとして世界に現れている。

理神論(科学)では決して、創造主は認識できないことを丁寧に科学者パスカルは論じる。

日本から世界が変わる

日本から世界が変わるというのは、世界的なリバイバルの中心になるからです。1パーセントしかいなかったクリスチャンが、ヨエル書に書かれているような霊の注ぎを通じて、聖霊のバプテスマを受けた多くのクリスチャンが日本に生まれていきます。

パラレルワールドという言説は、あくまで科学や汎神論では聖書的な「創造神」を定義できない仕組みのため、苦肉の策で生み出した「天動説」的言説に過ぎないのです。いままさに「天動説」から「地動説」に変わったようなコペルニクス的パラダイムシフトが日本の信仰形態に起き始めているのです。

死後の世界

3月3日に北海道の輪郭を見ていなさいと言われ、マンデラエフェクトが予告される。2017年3月27日5:37に巨大隕石が落ちてこの世界が死後の世界になったことに気づいて、直後からマンデラエフェクトが起こり始める。そしてこの看板を4月20日に見かけて、確かにこの世界は死後の世界になったと確信した。

つまりこの世界は死後の世界で、マンデラエフェクトに気づいている人は皆、蘇っているっぽいんですよね。

そこで、一人でも多く蘇って欲しいので、僕はイエス様の十字架を伝えていくことにしたのです。

ちなみに本質的には、アダムの罪以降、皆死んでいます。罪は死をもたらしました。 そして一人の人アダムによって全ての人に罪と死がもたらされたように、一人の人イエスキリストによって全ての人の罪が贖われ、永遠の生命がもたらされました。 十字架を信じる人は、永遠の生命を得るのです。アーメン。

皆がまだ死の淵にいる際に、2年半色々な方法を試みたのですが、結局唯一有効な方法は十字架を伝える以外にありませんでした。十字架を信じていた人は皆この現象を認識できるのです。そしてそれは学問として、神学的にも正しかったのです。信仰義認とは、信じるだけで救われるということです。

僕が生命がけで、福音を伝えるのは、本当に十字架は全ての人に永遠の生命をもたらすからなのです。これは僕の言葉ではなく、聖霊が語るレーマ(御言葉)であり、また聖書の御言葉(ロゴス)にも基づいています。アーメン。

2年半撮影してきたマンデラエフェクト vol.03

ハチ公前に謎の少年たちの像。これは以前からあったような気もするけれど、どうだろう?ある時にアスファルトが固められて、日本庭園風に。
渋谷の街灯が変な形に。ledではないので、だいぶ古くからある様子。しかしこんな形の電柱はなかった。
富士山の位置が変わっているため見たことのない景色に。
渋谷の謎の電灯。こんな形の電灯はなかった。しかもledではなく、蛍光灯で古い。
原宿駅前に突然なかったNHKの看板が出来てた。しかも古い。
ちなみに2017年7月には偏西風に逆らう変なコースの台風がきた。
道玄坂のUNIQLOの前に謎の銅像。
ちなみにこの世界線では、ブリューゲルのバベルの塔のモデルが残っている。

2年半撮影してきたマンデラエフェクト vol.02

表参道ジャイルビルに、なかったはずのドアができて、そこからトイレがあるフロアに抜けれるようになっていた。何度も通っていたお店なのではっきりと覚えている。
近所の建物が急にデザインが変わって五重の塔のような構造物が突然できた。
表参道のDiorの星に謎の穴が空く。
撮りためていたものの中で、全然意識してなくて、今気付いてびっくり。マンデラエフェクトを経験し始めた2017年4月23日に撮った写真。なんとなくふと撮った。今考えたら、これ完全に預言だったね。もちろんこの時はノンクリスチャン。クリスチャンになったのは今年の6月なので。
ダヴィンチの頭蓋骨ももちろん新しいものに変わっている。涙骨やおとがい孔もあります。
渋谷109の前に謎の銅像「時の化石」。むろんなかった。
2年前に地図を眺めていたら、どんどんこの辺りは形が変わり、大スンダ列島、小スンダ列島ができていた。
渋谷の西部に見たことのない銅像ができていた。
ジブラルタル海峡のヘラクレスの柱。
このタイムラインでは有名なことになっている頭部がスカラベのケプリ神。雑な作図。
洞爺湖の中島。僕の記憶ではなかった。

マンデラエフェクトについて言及していると思われる聖書個所とその考察

「だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである。」 マタイによる福音書 24:42 新共同訳

「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。 気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。 それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましている ようにと、言いつけておくようなものだ。 だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。 主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。 あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」マルコによる福音書 13:32-37 新共同訳

わたしはあなたがたに神秘を告げます。わたしたちは皆、眠りにつくわけではありません。わたしたちは皆、今とは異なる状態に変えられます。 最後のラッパが鳴るとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。第1コリント15:51

「土からできた者たちはすべて、土からできたその人に等しく、天に属する者たちはすべて、天に属するその人に等しいのです。 わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなるのです。」 第1コリ15:48-49 新共同訳

「死者の復活もこれと同じです。蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、 蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。」 コリントの信徒への手紙一 15:42-43 新共同訳

「また、天上の体と地上の体があります。しかし、天上の体の輝きと地上の体の輝きとは異なっています。 太陽の輝き、月の輝き、星の輝きがあって、それぞれ違いますし、星と星との間の輝きにも違いがあります。」 コリントの信徒への手紙一 15:40-41 新共同訳

「その後 わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。 あなたたちの息子や娘は預言し 老人は夢を見、若者は幻を見る。 その日、わたしは 奴隷となっている男女にもわが霊を注ぐ。」 ヨエル書 3:1-2 新共同訳

「天と地に、しるしを示す。 それは、血と火と煙の柱である。 主の日、大いなる恐るべき日が来る前に 太陽は闇に、月は血に変わる。」 ヨエル書 3:3-4 新共同訳

「しかし、主の御名を呼ぶ者は皆、救われる。 主が言われたように シオンの山、エルサレムには逃れ場があり 主が呼ばれる残りの者はそこにいる。」 ヨエル書 3:5 新共同訳

創造主は時間そのものを作った方。なので構造物としての時間的位置を移動させられる。 「神である主、今おられ、かつておられ、やがて来られる方、全能者がこう言われる。「わたしはアルファであり、オメガである。」」 ヨハネの黙示録 1:8 新共同訳

ヨハネの黙示録に出てくるイエス様の御言葉。 「恐れるな。わたしは最初の者にして最後の者、 また生きている者である。一度は死んだが、見よ、世々限りなく生きて、死と陰府の鍵を持っている。」 ヨハネの黙示録 1:17-18 新共同訳

「神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。」 ヘブライ人への手紙 1:2 新共同訳

「御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。」 ヘブライ人への手紙 1:3 新共同訳

「しかし、イエスは永遠に生きているので、変わることのない祭司職を持っておられるのです。 それでまた、この方は常に生きていて、人々のために執り成しておられるので、御自分を通して神に近づく人たちを、完全に救うことがおできになります。」 ヘブライ人への手紙 7:24-25

「世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。」 コリントの信徒への手紙一 1:21 新共同訳

「ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、 わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、」 コリントの信徒への手紙一 1:22-23 新共同訳

「ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。」 コリントの信徒への手紙一 1:24-25 新共同訳

「ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。」 コリントの信徒への手紙一 1:27 新共同訳

「また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。 それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。」 コリントの信徒への手紙一 1:28-29 新共同訳

汎神論や理神論だと、マンデラエフェクトはパラレルワールドという理解になり、「自分が創造主」という結論に至る。聖書だと、時間は創造主の被造物であるという理解になり、「自分は神の子」と教える。「自分が創造主」と教えたのは、エデンの園で誘惑したサタン。ここが重要なポイント。

ようはこの問題は、非常に神学的なテーマをはらんでいる。最初僕は、ニューエイジ、すなわち汎神論や理神論の神学を持っていたが、最終的にニューエイジの元となった神智学の研究をした結果、そこにサタンの罠を見た。イエスキリストよりも上位にサナトクマラを置く。このサナトクマラがサタンなのだ。

ニューエイジでは、必ず創造主イエスキリストの上にサタンの権威を置く。ニューエイジではイエスキリストとはマイトレーヤ(弥勒)と同一とし、369。これは聖書の666(反キリスト)であり、巧妙な罠。日月神事では、567(国常立尊)。国常立尊とは龍。つまり聖書の中の年老いた蛇、サタン。

イエスキリスト(聖書)と、マイトレーヤ/サナトクマラ(反キリスト)は、似て非なるもので、しかし巧妙にこれはニューエイジ神学の中では偽装されている。これは何も今始まったことではなく、実はヘレニズムの時代にマニ教という形で、すでに存在していた構造。今日本ではそれが再現されている。

聖書の預言と、日月神事の預言は、同じ終末預言で、似ている部分も多いが、しかしどの霊から出ているかをしっかりと見極めることが大事。「愛する者たち、どの霊も信じるのではなく、神から出た霊かどうかを確かめなさい。偽預言者が大勢世に出て来ているからです。」 ヨハネの手紙一 4:1 新共同訳

「愛する者たち、どの霊も信じるのではなく、神から出た霊かどうかを確かめなさい。偽預言者が大勢世に出て来ているからです。 イエス・キリストが肉となって来られたということを公に言い表す霊は、すべて神から出たものです。このことによって、あなたがたは神の霊が分かります。 イエスのことを公に言い表さない霊はすべて、神から出ていません。これは、反キリストの霊です。かねてあなたがたは、その霊がやって来ると聞いていましたが、今や既に世に来ています。」 ヨハネの手紙一 4:1-3 新共同訳

汎神論/理神論に基づく、パラレルワールド神学の決定的な致命点は、それぞれの認識がそれぞれの現実を創るという美辞麗句で、人々が分断していくこと。これが結果的に、道徳的な退廃をもたらしていく。これも聖書の御言葉でしっかりと預言されている。

ニューエイジャーでチャネリングができる人は、ぜひ聖霊派や、ペンテコステ派の神学を学んでほしい。そうすると、霊的な視座から、おのずと聖書が正しい御言葉であることが理解できるようになると思う。

2年半撮影してきたマンデラエフェクト vol.01

聖霊に伝えなさいと言われているので、街角編をお伝えしていきます。

表参道の青山の交差点にあるこの灯篭、2年前に急に巨大化した。
青山のみずほ銀行のランプがやけに巨大化した。
青山のみずほ銀行の前に以前はなかったオブジェ。平成19年1月に建てられたらしいが、なかった。
今日いきなり表参道のロエベの屋上の形が変わってた。こうした変化は結構日常茶飯事で、おそらく今後皆こうなっていくと思う。
表参道のユニオンチャーチ。2年前に急に急勾配の屋根になった。さらに今日見たらその上に新しく十字架ができていた。昨日までの世界にはなかった。つまり段階を追って何度も変わる。
不思議な文字の形のシンハラ語。
渋谷のホープくん。一度別のところから移転されここ数年は東口のビックカメラ前にある。無論「ここ数年」もなかった。僕のタイムラインでは去年突然現れた。
インドネシア周辺はここ数年どんどん形が変わっていった。インドネシアの謎のフロレス原人。
北海道の洞爺湖は以前は「中島」がなかった。2017年3月3日に聖霊を通じてきた「北海道の形を見ていなさい」というメッセージの後に、突如できた。洞爺湖自体が北海道の地図で見ても明らかに大きくなっている。
狭く閉じてしまったジブラルタル海峡に、聞いたことのない「ヘラクレスの柱」ができた。スペインなのに英国領。
外苑前駅前に以前はなかった銅像が突如できた。無論昔からあるかのように。
東京タワーのデザインが変わっている。無論最初からそうだった風に。展望台上のパーツにこんな丸みはなかった。
突然東京ミッドタウンの御化粧室が、イスラム教徒のためのお祈り室に変わっていた。だいぶ昔からそうであった風に。無論何度も通っていたが、なかったもの。
5年ほど前にできたはずの「風の神」という代々木公園の銅像が、「ケツァルクアトル」というインカの神の名前に変わり、1990年からすでに存在していることになっていた。
新橋に、特徴的な静岡新聞/静岡放送のビルが突然できていた。無論以前のタイムラインにはなかった。こんなに個性的ならまず覚えているはず。
日本近海は世界的にはフィリピン海というのがスタンダードに。という世界線に突然移動。

そもそもアメリカ合衆国の形が違う。

twitterにて

twitter上にてマンデラエフェクトで緩やかにつながるコミュニティ。皆互いに気を配って優しい方。まったりとしてていいね。

この不思議な現象を共有できること自体、ものすごい貴重なことだからね。不思議に周囲の人には誰にも伝わらない2年半孤独でした。でもいまや多くの方々が緩やかに繫がり始めている。

ヒップホップと賛美

カニエウエストは、ファッション誌をにぎわす、お騒がせセレブ。イエス様は罪人を裁くためではなく、救うためにいらした。ヒップホップは、かつての70年代のロックがそうであったように、弱者の叫びであり、社会の底辺であえぎ苦しむ人々の声にならない声を代弁する役割がある。賛美とヒップホップは相反するようでいて、実は非常に深いつながりがある。