安定して成功している人の要因を観察していくと

社会人になってから、安定して成功している人の要因を実際の体験を通じて観察していくと、揺るぎない土台の上に自分の人生を置いていることがわかる。共通するのは人格主義。自分の感情の上に人生の基盤を置かずに、人格の上にこつこつと結果を積み上げていく。こういう方々の背景にはほぼ確実にイエスキリストがいる。つまり信仰がある。信仰がなければ、世にあって一貫した生き方を持つことは難しいものだ。敬天愛人を是とした明治の志士たちや、昭和の大物(最近50代以降の人からこうした「昭和の大物」がいた時代の話をよく聞く/おそらく何かしらの共通するアーキタイプを見ているのだと思う)たちの背景にあったものを回復すること。これがまさに信仰の復活、リバイバルになるわけだ。

安定した成功を収めていく人が、揺れ動きやすい感情の上にではなく、人格の上に自分の人生を積み上げていける理由は、何よりもイエス様の十字架を知って、信じていることで「罪責感」からの解放があるからといえる。自己義認ではない信仰義認によって、自然と人の愚かさを赦し、また自らも自らの罪を悔い改めて、日々新たにされていくからこそ、感情の上にではなく、揺るぎない人格的土台をベースとした人生を築いていくことになっているのだと思う。この辺りが言語化できるようになってきたことは、何より聖書の御言葉を学ぶことでもたらされる「よい実」の一つである。
すぐに技による救済論、ナルシシズムや、揺れ動きやすい感情の上に成り立つ自己愛的人生に陥るニューエイジ 的な思想を冷静に見つめ、乗り越えていかなければならない時代だと思う。

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