月別アーカイブ: 2019年9月

聴くドラマ聖書がついにリリース!

ついに出ました!豪華俳優/女優/声優陣による聴くドラマ聖書です!

日本のリバイバルの発信源になると思います。

福音の伝道

福音の伝道というのは、あくまで思惟への奉仕であって、無償の愛の理念に基づく、実際の思いやりのある行動に根差した、献身にすぎない。決して他者に信仰を強制するのものであってはいけない。ここはとても大事なこと。

一人でも多く、イエス様の十字架(福音)を知ってほしい

一人でも多く、福音を知って、蘇って欲しい。それが今の原動力。

マンデラエフェクトを説明する際に、汎神論や理神論(科学)に基づく説明だと、パラレルワールドとなる。聖書に基づくと創造主、イエスキリストの御技となる。パラレルワールドは分離だが、イエスキリストは統合であり、また無償の愛である。ここに重要な違いが存在する。

マンデラエフェクトが僕の身に起こり始めたのは、2年半前。その間この現象を人に説明するために、いろいろな宗教哲学や、量子力学などの本を読み漁ったのですが、どれも難解すぎて「人に説明できる」ためには、不十分。最終的に行き着いたのが「聖書」でした。

「聖書」は「イエス様の十字架の贖い」を信じることで、その人の内側に聖霊が内住し、その働きによって読めるようになるもの。そして、知恵ではなく、信仰によって真実を理解できるようになるものなので、「全ての人」が理解できる体系です。マンデラエフェクトの答えはここに全て啓示されています。

僕は聖書に行きつくまで、この2年半、毎日起きている間中ずっと宗教・哲学・人文科学、東西古今の書籍を読み漁っていました。この2年半のような孤独を味わってほしくなく、思惟への奉仕をしたいと思い、また聖書の御言葉、そして、本質的にはイエス様の十字架について知ってほしいと活動しています。

聖書が素晴らしいのは、イエス様がすべての次元、周波数帯をとりなしてくださるので、汎神論だと「パラレルワールド」という名目で分断されていくほかの人との関係性を、すべての人と会えるようになるということ。「汝の敵を愛せよ」とは、別れたパラレルに、しっかりと再会できることを意味します。

「低いものは高くされ、高いものは低くされる」という基本的な姿勢が、何よりも、格差社会が、階級社会へとさらに悪化し、分断されていく日本社会の大きな突破口になると思っております。

「貧しい兄弟は、自分が高められることを誇りに思いなさい。 また、富んでいる者は、自分が低くされることを誇りに思いなさい。富んでいる者は草花のように滅び去るからです。」 ヤコブの手紙 1:9-10 新共同訳

パスカルのパンセ

ある時聖霊から「パンセ」というメッセージが来て、調べると科学者のパスカルの文献でした。その中でパスカルは「イエスキリストなしに、世界は存在しないであろう。その場合、世界は崩壊するか、地獄のようになるか、どちらかになるほかないからである。」と述べています。あのパスカルです。

科学者パスカル「パンセ」より。 世界はイエスキリストにより、イエスキリストのために存在し、人間にその堕落と贖いとを教えるためにのみ存在しているので、すべてのものはこれら二つの真理を証明するものとして世界に現れている。

理神論(科学)では決して、創造主は認識できないことを丁寧に科学者パスカルは論じる。

日本から世界が変わる

日本から世界が変わるというのは、世界的なリバイバルの中心になるからです。1パーセントしかいなかったクリスチャンが、ヨエル書に書かれているような霊の注ぎを通じて、聖霊のバプテスマを受けた多くのクリスチャンが日本に生まれていきます。

パラレルワールドという言説は、あくまで科学や汎神論では聖書的な「創造神」を定義できない仕組みのため、苦肉の策で生み出した「天動説」的言説に過ぎないのです。いままさに「天動説」から「地動説」に変わったようなコペルニクス的パラダイムシフトが日本の信仰形態に起き始めているのです。

死後の世界

3月3日に北海道の輪郭を見ていなさいと言われ、マンデラエフェクトが予告される。2017年3月27日5:37に巨大隕石が落ちてこの世界が死後の世界になったことに気づいて、直後からマンデラエフェクトが起こり始める。そしてこの看板を4月20日に見かけて、確かにこの世界は死後の世界になったと確信した。

つまりこの世界は死後の世界で、マンデラエフェクトに気づいている人は皆、蘇っているっぽいんですよね。

そこで、一人でも多く蘇って欲しいので、僕はイエス様の十字架を伝えていくことにしたのです。

ちなみに本質的には、アダムの罪以降、皆死んでいます。罪は死をもたらしました。 そして一人の人アダムによって全ての人に罪と死がもたらされたように、一人の人イエスキリストによって全ての人の罪が贖われ、永遠の生命がもたらされました。 十字架を信じる人は、永遠の生命を得るのです。アーメン。

皆がまだ死の淵にいる際に、2年半色々な方法を試みたのですが、結局唯一有効な方法は十字架を伝える以外にありませんでした。十字架を信じていた人は皆この現象を認識できるのです。そしてそれは学問として、神学的にも正しかったのです。信仰義認とは、信じるだけで救われるということです。

僕が生命がけで、福音を伝えるのは、本当に十字架は全ての人に永遠の生命をもたらすからなのです。これは僕の言葉ではなく、聖霊が語るレーマ(御言葉)であり、また聖書の御言葉(ロゴス)にも基づいています。アーメン。

2年半撮影してきたマンデラエフェクト vol.03

ハチ公前に謎の少年たちの像。これは以前からあったような気もするけれど、どうだろう?ある時にアスファルトが固められて、日本庭園風に。
渋谷の街灯が変な形に。ledではないので、だいぶ古くからある様子。しかしこんな形の電柱はなかった。
富士山の位置が変わっているため見たことのない景色に。
渋谷の謎の電灯。こんな形の電灯はなかった。しかもledではなく、蛍光灯で古い。
原宿駅前に突然なかったNHKの看板が出来てた。しかも古い。
ちなみに2017年7月には偏西風に逆らう変なコースの台風がきた。
道玄坂のUNIQLOの前に謎の銅像。
ちなみにこの世界線では、ブリューゲルのバベルの塔のモデルが残っている。

2年半撮影してきたマンデラエフェクト vol.02

表参道ジャイルビルに、なかったはずのドアができて、そこからトイレがあるフロアに抜けれるようになっていた。何度も通っていたお店なのではっきりと覚えている。
近所の建物が急にデザインが変わって五重の塔のような構造物が突然できた。
表参道のDiorの星に謎の穴が空く。
撮りためていたものの中で、全然意識してなくて、今気付いてびっくり。マンデラエフェクトを経験し始めた2017年4月23日に撮った写真。なんとなくふと撮った。今考えたら、これ完全に預言だったね。もちろんこの時はノンクリスチャン。クリスチャンになったのは今年の6月なので。
ダヴィンチの頭蓋骨ももちろん新しいものに変わっている。涙骨やおとがい孔もあります。
渋谷109の前に謎の銅像「時の化石」。むろんなかった。
2年前に地図を眺めていたら、どんどんこの辺りは形が変わり、大スンダ列島、小スンダ列島ができていた。
渋谷の西部に見たことのない銅像ができていた。
ジブラルタル海峡のヘラクレスの柱。
このタイムラインでは有名なことになっている頭部がスカラベのケプリ神。雑な作図。
洞爺湖の中島。僕の記憶ではなかった。

マンデラエフェクトについて言及していると思われる聖書個所とその考察

「だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである。」 マタイによる福音書 24:42 新共同訳

「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。 気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。 それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましている ようにと、言いつけておくようなものだ。 だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。 主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。 あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」マルコによる福音書 13:32-37 新共同訳

わたしはあなたがたに神秘を告げます。わたしたちは皆、眠りにつくわけではありません。わたしたちは皆、今とは異なる状態に変えられます。 最後のラッパが鳴るとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。第1コリント15:51

「土からできた者たちはすべて、土からできたその人に等しく、天に属する者たちはすべて、天に属するその人に等しいのです。 わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなるのです。」 第1コリ15:48-49 新共同訳

「死者の復活もこれと同じです。蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、 蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。」 コリントの信徒への手紙一 15:42-43 新共同訳

「また、天上の体と地上の体があります。しかし、天上の体の輝きと地上の体の輝きとは異なっています。 太陽の輝き、月の輝き、星の輝きがあって、それぞれ違いますし、星と星との間の輝きにも違いがあります。」 コリントの信徒への手紙一 15:40-41 新共同訳

「その後 わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。 あなたたちの息子や娘は預言し 老人は夢を見、若者は幻を見る。 その日、わたしは 奴隷となっている男女にもわが霊を注ぐ。」 ヨエル書 3:1-2 新共同訳

「天と地に、しるしを示す。 それは、血と火と煙の柱である。 主の日、大いなる恐るべき日が来る前に 太陽は闇に、月は血に変わる。」 ヨエル書 3:3-4 新共同訳

「しかし、主の御名を呼ぶ者は皆、救われる。 主が言われたように シオンの山、エルサレムには逃れ場があり 主が呼ばれる残りの者はそこにいる。」 ヨエル書 3:5 新共同訳

創造主は時間そのものを作った方。なので構造物としての時間的位置を移動させられる。 「神である主、今おられ、かつておられ、やがて来られる方、全能者がこう言われる。「わたしはアルファであり、オメガである。」」 ヨハネの黙示録 1:8 新共同訳

ヨハネの黙示録に出てくるイエス様の御言葉。 「恐れるな。わたしは最初の者にして最後の者、 また生きている者である。一度は死んだが、見よ、世々限りなく生きて、死と陰府の鍵を持っている。」 ヨハネの黙示録 1:17-18 新共同訳

「神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。」 ヘブライ人への手紙 1:2 新共同訳

「御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。」 ヘブライ人への手紙 1:3 新共同訳

「しかし、イエスは永遠に生きているので、変わることのない祭司職を持っておられるのです。 それでまた、この方は常に生きていて、人々のために執り成しておられるので、御自分を通して神に近づく人たちを、完全に救うことがおできになります。」 ヘブライ人への手紙 7:24-25

「世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。」 コリントの信徒への手紙一 1:21 新共同訳

「ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、 わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、」 コリントの信徒への手紙一 1:22-23 新共同訳

「ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。」 コリントの信徒への手紙一 1:24-25 新共同訳

「ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。」 コリントの信徒への手紙一 1:27 新共同訳

「また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。 それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。」 コリントの信徒への手紙一 1:28-29 新共同訳

汎神論や理神論だと、マンデラエフェクトはパラレルワールドという理解になり、「自分が創造主」という結論に至る。聖書だと、時間は創造主の被造物であるという理解になり、「自分は神の子」と教える。「自分が創造主」と教えたのは、エデンの園で誘惑したサタン。ここが重要なポイント。

ようはこの問題は、非常に神学的なテーマをはらんでいる。最初僕は、ニューエイジ、すなわち汎神論や理神論の神学を持っていたが、最終的にニューエイジの元となった神智学の研究をした結果、そこにサタンの罠を見た。イエスキリストよりも上位にサナトクマラを置く。このサナトクマラがサタンなのだ。

ニューエイジでは、必ず創造主イエスキリストの上にサタンの権威を置く。ニューエイジではイエスキリストとはマイトレーヤ(弥勒)と同一とし、369。これは聖書の666(反キリスト)であり、巧妙な罠。日月神事では、567(国常立尊)。国常立尊とは龍。つまり聖書の中の年老いた蛇、サタン。

イエスキリスト(聖書)と、マイトレーヤ/サナトクマラ(反キリスト)は、似て非なるもので、しかし巧妙にこれはニューエイジ神学の中では偽装されている。これは何も今始まったことではなく、実はヘレニズムの時代にマニ教という形で、すでに存在していた構造。今日本ではそれが再現されている。

聖書の預言と、日月神事の預言は、同じ終末預言で、似ている部分も多いが、しかしどの霊から出ているかをしっかりと見極めることが大事。「愛する者たち、どの霊も信じるのではなく、神から出た霊かどうかを確かめなさい。偽預言者が大勢世に出て来ているからです。」 ヨハネの手紙一 4:1 新共同訳

「愛する者たち、どの霊も信じるのではなく、神から出た霊かどうかを確かめなさい。偽預言者が大勢世に出て来ているからです。 イエス・キリストが肉となって来られたということを公に言い表す霊は、すべて神から出たものです。このことによって、あなたがたは神の霊が分かります。 イエスのことを公に言い表さない霊はすべて、神から出ていません。これは、反キリストの霊です。かねてあなたがたは、その霊がやって来ると聞いていましたが、今や既に世に来ています。」 ヨハネの手紙一 4:1-3 新共同訳

汎神論/理神論に基づく、パラレルワールド神学の決定的な致命点は、それぞれの認識がそれぞれの現実を創るという美辞麗句で、人々が分断していくこと。これが結果的に、道徳的な退廃をもたらしていく。これも聖書の御言葉でしっかりと預言されている。

ニューエイジャーでチャネリングができる人は、ぜひ聖霊派や、ペンテコステ派の神学を学んでほしい。そうすると、霊的な視座から、おのずと聖書が正しい御言葉であることが理解できるようになると思う。

2年半撮影してきたマンデラエフェクト vol.01

聖霊に伝えなさいと言われているので、街角編をお伝えしていきます。

表参道の青山の交差点にあるこの灯篭、2年前に急に巨大化した。
青山のみずほ銀行のランプがやけに巨大化した。
青山のみずほ銀行の前に以前はなかったオブジェ。平成19年1月に建てられたらしいが、なかった。
今日いきなり表参道のロエベの屋上の形が変わってた。こうした変化は結構日常茶飯事で、おそらく今後皆こうなっていくと思う。
表参道のユニオンチャーチ。2年前に急に急勾配の屋根になった。さらに今日見たらその上に新しく十字架ができていた。昨日までの世界にはなかった。つまり段階を追って何度も変わる。
不思議な文字の形のシンハラ語。
渋谷のホープくん。一度別のところから移転されここ数年は東口のビックカメラ前にある。無論「ここ数年」もなかった。僕のタイムラインでは去年突然現れた。
インドネシア周辺はここ数年どんどん形が変わっていった。インドネシアの謎のフロレス原人。
北海道の洞爺湖は以前は「中島」がなかった。2017年3月3日に聖霊を通じてきた「北海道の形を見ていなさい」というメッセージの後に、突如できた。洞爺湖自体が北海道の地図で見ても明らかに大きくなっている。
狭く閉じてしまったジブラルタル海峡に、聞いたことのない「ヘラクレスの柱」ができた。スペインなのに英国領。
外苑前駅前に以前はなかった銅像が突如できた。無論昔からあるかのように。
東京タワーのデザインが変わっている。無論最初からそうだった風に。展望台上のパーツにこんな丸みはなかった。
突然東京ミッドタウンの御化粧室が、イスラム教徒のためのお祈り室に変わっていた。だいぶ昔からそうであった風に。無論何度も通っていたが、なかったもの。
5年ほど前にできたはずの「風の神」という代々木公園の銅像が、「ケツァルクアトル」というインカの神の名前に変わり、1990年からすでに存在していることになっていた。
新橋に、特徴的な静岡新聞/静岡放送のビルが突然できていた。無論以前のタイムラインにはなかった。こんなに個性的ならまず覚えているはず。
日本近海は世界的にはフィリピン海というのがスタンダードに。という世界線に突然移動。

そもそもアメリカ合衆国の形が違う。

twitterにて

twitter上にてマンデラエフェクトで緩やかにつながるコミュニティ。皆互いに気を配って優しい方。まったりとしてていいね。

この不思議な現象を共有できること自体、ものすごい貴重なことだからね。不思議に周囲の人には誰にも伝わらない2年半孤独でした。でもいまや多くの方々が緩やかに繫がり始めている。

ヒップホップと賛美

カニエウエストは、ファッション誌をにぎわす、お騒がせセレブ。イエス様は罪人を裁くためではなく、救うためにいらした。ヒップホップは、かつての70年代のロックがそうであったように、弱者の叫びであり、社会の底辺であえぎ苦しむ人々の声にならない声を代弁する役割がある。賛美とヒップホップは相反するようでいて、実は非常に深いつながりがある。

現代的賛美

YouTubeのおかげで、世界の神様への賛美文化の最先端に触れられる時代になった。何も教会の中で歌う讃美歌だけが、賛美ではない。心を込めて主を賛美する。この現代的なアプローチは、こうした形で常に表現されている。日本の賛美文化も今後発展していくことになると思う。

ヨハネの福音書

聖書は、 イエス様が実際に活動をなさっていた約3年半にわたるご様子を4人の聖書記者が別々の視点から描いている、新約聖書の「四福音書」から入っていくと、とても分かりやすいです。
四福音書とは、マタイの福音書、マルコの福音書、ルカの福音書、ヨハネの福音書の
4つのストーリーです。
そして、今の時代とてもありがたいことに、この4つの福音書を、 OneHopeJapan という 超教派(特定の教派に所属していないグループ)の方々が、すべて美しい映像を無料で公開してくださっているんです。映画のようなクオリティなので、見ごたえがすごいです。 このいずれの映像も、地の文は、小説的に読みやすく訳されたリビングバイブルという書籍の翻訳と全く同じものになって

います。

ルカの福音書

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マルコの福音書

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マタイの福音書

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四福音書とは、マタイの福音書、マルコの福音書、ルカの福音書、ヨハネの福音書の
4つのストーリーです。
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【ベツレヘムの星便り】370号  罪人を救うために世に来られたイエスキリスト

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◆【ベツレヘムの星便り】(旧:ユピテルジョージの今週の星便り)
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 2019/9/29                                 370号
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こんにちは、杉本譲治です。

今日は、非常にシンプルだけれど、パワフルな御言葉をご紹介します。

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「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実で
あり、そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で最たる者で
す。」 テモテへの手紙一 1:15 新共同訳
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日本ではあまり知られていないのですが、
「占い師」をするということは、聖書の世界では、死罪に値するような重い罪です。

そんな経歴を12年間続けてきた私が、イエス様という存在によって、造り替えられ、
全てを捨ててでも、福音を一人でも多くの方に伝えていきたいと思うのは何故なのか?

それは、イエス様は、すべての人に「無償の愛」とは何かということを伝えてくれる
存在に他ならないからです。

福音の伝道というものは、決して「信仰」の押し付けであってはいけません。
あくまで「思惟への奉仕」であり、
また見返りを求めない「無償の愛に基づく献身」や、
イエス様との出会いの中で、
自らの人生が実際に造り替えられるという「証」によってでしか、行いえません。

そして、この第一テモテの聖句を書き記したパウロが、
「わたしは、その罪人の中で最たる者です。」というのは、
パウロ自身が、復活したイエス様に出会って劇的な回心をするまでは、
率先して、イエス様を信じた人(クリスチャン)を迫害し、殺しさえしていたという
背景があります。

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「わたしはこの道を迫害し、男女を問わず縛り上げて獄に投じ、殺すことさえしたの
です。」
使徒言行録 22:4 新共同訳
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全てのクリスチャンに対して全く頭が上がらない、
そんな背景を持つパウロだからこそ、
「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であると
力強く証できるのです。

私自身も、このパウロの言葉には非常に心打たれます。

本当に、パウロがいうように、
イエス様は、罪人を裁くためではなく、救うためにいらしたということを、
何より僕自身の人生を通じて、これからも証し続けていきたいと思います。

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【クリスチャンの集い】土曜日パワーブレイクファーストのお知らせ
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8月より、毎週土曜日の朝9時に、東京六本木のホテルグランドハイアットの
フレンチキッチンにて開かれている、いつもお世話になっているクリスチャンである
国際弁護士の佐々木満男先生や、作家で、牧師のジョセフケン牧師をはじめとした
熱き日本のリバイバリストたちに会って親交を深められる朝食会
(パワーブレークファースト)に、毎週参加させていただくことになりました。

本来は、ビジネスマンに向けた福音伝道を趣旨として創立された
INTERNATIONAL VIP CLUBの活動の一環として、
第1・3・5土曜日の隔週での開催で、これまでも16年間開催されてきた
佐々木満男先生が主催する朝食会です。

先日、ジョセフケン先生とお話しているときに、聖霊の注ぎによって意気投合し、
いつもは開催していなかった第2,4土曜日も、ケン先生と私は出席し
毎週必ず集い、皆で祈れるようにしましょう!ということになりました。
お申込み方法等は、詳しくはこちらからご覧ください。

https://church360vr.com/powerbreakfast━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━【パーソナルミニストリー】聖書の御言葉を通じて、自分の心を「無償の愛」で満たす━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━人生の困難に行き当たった時、判断に悩む時、あなたの手元に一冊の聖書と、主イエスキリストへの信仰があれば、常にあなたの道のりを、明るく照らしてくれます。

人生はいいことばかりではありません。
しかし、どんな時でも救い主イエスキリストは、あなたのことを見守り、
愛しておられます。

このパーソナルミニストリーでは、
聖書的な人間理解、主イエスキリストの信仰をベースとしながら、
時間をたっぷりととったマンツーマンのカウンセリングをご提供します。

「心の貧しい人々(謙遜な人々)は、幸いである、
天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。
柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。
義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。
憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。
心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。
平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。
義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。
わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口
を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。
喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。
あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」
(マタイによる福音書 5:3-12 より 新共同訳 )

▼時間の目安 60分から90分程度
▼料金 本カウンセリングは、キリスト教の献身の精神に基づいた活動とな
るため、特定の料金は定めておりません。あなたがふさわしいと感じられる、
主への感謝の気持ちを込めた献金という形でお納めくださいますようお願い
いたします。

―――惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず
豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。 各自、不承不承ではなく、強制
されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人
を神は愛してくださるからです。
 (コリントの信徒への手紙二 9:6-7 より 新共同訳)

▼スケジュールの関係上、月10人までのお受付となります。何卒、ご理解、ご
了承ください。
▼日時 お申し込み後に、ご希望の日時を調整いたします。
▼場所は、表参道(東京都)のサロンとなります。ご予約後に住所をお伝えい
たします。
▼ご遠方の方は、スカイプやLINE、ZOOM等のビデオ通話を使った形にてもご提
供いたします。

▼ご予約はこちらからどうぞ
https://church360vr.com/personal_ministry

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メールマガジン【ベツレヘムの星便り】(旧:ユピテルジョージの今週の星便
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発行者:杉本譲治
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メッセージ

今日も教会でメッセージ。1ヶ月も経つとさすがに板についてきた(笑)
神の御言葉を証できることは、本当にありがたいことだよなと思う。主の御名においてお祈りします。アーメン。

Twitterでも発信しております。

8K

VRが現実とほとんど変わらなくなるのが、8Kになってから。まだそういう意味では完全な形で撮影機材(現在は4Kが主流)、編集機器(8Kリニア編集は非常に高価)、通信環境(5Gを待たなければならない)VRゴーグル(1画面2K対応必須)という意味でも、一般化するのはおそらく5年後くらいかな。それまではじっくりと成長していく領域だと思う。

レンダリング

VR映像の編集で、初めてAdobe Premiere を使った。4Kの映像になるので、レッツノートだとGPUが弱いので、レンダリングに結構時間がかかる。1時間半のVRで書き出しに、じっくりコトコト8時間。iPhone7Plusからだと4Kの書き出しに1時間程度だったから、GPUの影響ってものすごく大きいんだな。メモリーとCPUに関してはレッツノートのほうが性能が高いので、体感でよくわかる。

後のものが先になる

今後、ニューエイジ から、クリスチャニティ に入って行く人が増えていくと思うが、これはまさに「後のものが先になる」という御言葉通りになっていくと思う。これからクリスチャンになって行く人たちの勢いと聖霊の注ぎはとんでもないことになると思う。

「天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。 主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。 また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、 『あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう』と言った。 それで、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、同じようにした。 五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、 彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言った。 夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。 そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。 最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。 それで、受け取ると、主人に不平を言った。 『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』 主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。 自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。 自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』 このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」
マタイによる福音書 20:1-16 新共同訳

タイミング

クリスチャンとして召されたのは、色々絶妙なタイミングだったんだなとしみじみと思う。世の終わりのサインがすごい。

宗教的差別

キリスト教が嫌いといって、学生時代から大切に培ってきた人間関係を切ったり、無視をしたりするという人も多いが、結果的にそれもまたイエス様がその方にとって、無視できない存在になるということ。少なくとも身近な人間関係の中で宗教的差別をしたことで、長年培ってきた大切な友人を失ったわけで。属性によって人を差別することは、肌の色で人を差別することと大して変わらない。そういう方の中には学生時代熱心に、世界平和や、宗教的な対話の大切さなどを謳っていた人もたくさんいる。
しかし決して恨まない。右の頬を打たれたら、左の頬を差し出すだけ。なぜならその人にとってもまたイエス様は常にそばにいてくださるから。そういう人間の愚かさを全て霊的に贖ってくださったのが、イエス様の十字架での死と復活という儀式。この恵みがあるからこそ、クリスチャンは自分を迫害する人をも、愛せるのだ。決して自分の能力や努力ゆえではないということが大切。主の平和。アーメン。
「キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でする者もいます。 一方は、わたしが福音を弁明するために捕らわれているのを知って、愛の動機からそうするのですが、 他方は、自分の利益を求めて、獄中のわたしをいっそう苦しめようという不純な動機からキリストを告げ知らせているのです。 だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます。これからも喜びます。」
‭‭フィリピの信徒への手紙‬ ‭1:15-18‬ ‭新共同訳‬‬
https://www.bible.com/1819/php.1.15-18.新共同訳

鋳型

旧約聖書のダニエル書の中にも、イエス様は現れる。ディズニーランドの「隠れミッキー」のような感じで、旧約聖書の中のイエス様を探すのもまた面白い。
ちなみにこの聖句箇所自体が、終末預言における炎の浄化と、イエスの再臨(および携挙)の鋳型になっている。

「王の命令は厳しく、炉は激しく燃え上がっていたので、噴き出る炎はシャドラク、メシャク、アベド・ネゴを引いて行った男たちをさえ焼き殺した。 シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの三人は縛られたまま燃え盛る炉の中に落ち込んで行った。 間もなく王は驚きの色を見せ、急に立ち上がり、側近たちに尋ねた。 「あの三人の男は、縛ったまま炉に投げ込んだはずではなかったか。」 彼らは答えた。 「王様、そのとおりでございます。」 王は言った。 「だが、わたしには四人の者が火の中を自由に歩いているのが見える。そして何の害も受けていない。それに四人目の者は神の子のような姿をしている。」 ネブカドネツァル王は燃え盛る炉の口に近づいて呼びかけた。 「シャドラク、メシャク、アベド・ネゴ、いと高き神に仕える人々よ、出て来なさい。」すると、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴは炉の中から出て来た。 総督、執政官、地方長官、王の側近たちは集まって三人を調べたが、火はその体を損なわず、髪の毛も焦げてはおらず、上着も元のままで火のにおいすらなかった。 ネブカドネツァル王は言った。 「シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの神をたたえよ。彼らは王の命令に背き、体を犠牲にしても自分の神に依り頼み、自分の神以外にはいかなる神にも仕えず、拝もうともしなかったので、この僕たちを、神は御使いを送って救われた。 わたしは命令する。いかなる国、民族、言語に属する者も、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの神をののしる者があれば、その体は八つ裂きにされ、その家は破壊される。まことに人間をこのように救うことのできる神はほかにはない。」 こうして王は、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴをバビロン州で高い位につけた。」
‭‭ダニエル書‬ ‭3:22-30‬ ‭新共同訳‬‬

福音宣教への思い

日に日に信仰と御言葉によって造り替えられて行く。福音宣教への思いはどんどん高まって行くし、福音のためなら全てを投げうちたいと思える。イエス様無しの人生はありえない。

イエス様を信じない方は、どうかわたしをキリスト者として裁いてください。

これまでの日本の歴史において、数多くのクリスチャンが迫害され、殺されてきた。しかし決してクリスチャンは、そのことを恨んだりはしない。むしろイエスキリストの御名において、キリスト者として迫害を受けるほどに、信仰の喜びの中に生きてきたのだ。キリスト教を裁くならば、ぜひ僕を裁いてください。主の御名において、どこまでも喜びと、愛を持って受け止めます。どうか私がイエス様を信じない人によって大いに裁かれることによって、主の御名が地の果てまで、知られるようになりますように。アーメン。


「そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。 わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。」

フィリピの信徒への手紙 1:20-21 新共同訳

多くの罪人が、御国へといざなわれている

これから主は多くの罪人を、御国へといざなう。右の頬をぶたれたら、左の頬を差し出しましょう。クリスチャンとしての迫害は進んで受けるもの。これまで地上教会が犯した罪も、真にイエス様を受け入れたクリスチャンが受け入れればいい。クリスチャンが悪魔だというならば、どんどん批判されればいい。陰謀というなら、どんどん叩かれればいい。自己弁護をすることなく、クリスチャンはこれまでの長い歴史の中での愚かな地上教会の罪ゆえに、どんどん叩かれればいい。主は平和を愛するお方。秩序を重んじる方。主にあって私たちは一つ。誰も主の御前で、イエス様の十字架の血潮なしに、義とされる人はいない。すべての人が神の御前で罪人である。悔い改めよう。主の御名において。主の栄光。アーメン!

委ねると

委ねると、全て主が造り替えてくださる。

主のご計画

主のご計画は常に完璧なタイミングでやってくる。
「神は無秩序の神ではなく、平和の神だからです。」
‭‭コリントの信徒への手紙一‬ ‭14:33‬ ‭新共同訳‬‬

陰謀論をメタ認知するために

陰謀論という権力論に関するベタな文脈を、メタ認知するには、「権力」とは何かという政治学や社会学の知識もとても大事になる。マックスウェーバー、マルクス、サミュエルハンチントン、ミシェルフーコー、ハンナアーレントなどもそうしたメタ認知において、必須の知識だと思う。権力を構造として捉える視点を持たない限り、永遠にジャーナリズムの域を超えないし、根源的な問題は解決しない。

そうでなければ単なるペーパーバックの知識の寄せ集めになってしまう。それはニューエイジ 的なポップカルチャーの域を超えない。またそれだけでなく実際にその背景の存在するものは霊的な存在でもあるため宗教学や神学も大切だ。エコーチェンバー化する時代においてはなおのことこのことを理解することは大事だ。そうしないとミイラ取りがミイラになってしまうだろう。

そして、エコーチェンバー化するSNSの時代において、こうした学問的な「物事を俯瞰して構造的/抽象的に捉える視点」よりも、何よりも大切なことは「汝の敵を愛せよ」の地に足のついた精神だ。福音は決して知恵あるものに啓示されたのではなく、謙遜ぜ砕かれた心を持った小さきものにこそ与えられた。

「迫害するもののために祈る」「汝の敵を愛する」この思想がない限り、今の時代のエコーチェンバー化は決して止めることができない。迫害するもののために祈る。これがクリスチャニティ の本質となる。クリスチャンにとっての戦いは、決してこの世における血肉の争いではなく、天にいる悪の諸霊を相手にする霊的な戦いなのだ。

主の御名においてお祈りいたします。アーメン!

「わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。」
‭‭エフェソの信徒への手紙‬ ‭6:12‬ ‭新共同訳‬‬

「だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。 立って、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、 平和の福音を告げる準備を履物としなさい。 なおその上に、信仰を盾として取りなさい。それによって、悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。 また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。 どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」
‭‭エフェソの信徒への手紙‬ ‭6:13-18‬ ‭新共同訳‬‬

「そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。 そうです、父よ、これは御心に適うことでした。 すべてのことは、父からわたしに任せられています。父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。 疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。 わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。 わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」」
‭‭マタイによる福音書‬ ‭11:25-30‬ ‭新共同訳‬‬
https://www.bible.com/1819/mat.11.25-30.新共同訳

陰謀論とマンデラエフェクト

SNSは、エコーチェンバー化していく時代。最初にマンデラエフェクトがバズり始めたのは、すでにここ数年の流れの中で(おそらく原発事故以来)陰謀論をテーマにして自然発生的に形成されていたいたエコーチェンバーのコミュニティ内部において。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/エコーチェンバー現象
陰謀論を語っている方は共通して、社会悪を正し、弱い人のために巨悪と戦うという共通項があって、個人的にDMなどで話すととても礼儀正しく、思いやりが深い方が多いと感じる。他者や社会を思う心がなければ、こうはならない。いわゆる義憤なんだと思う。
また、本質的には陰謀論を語る方は、霊的なサタンを筆頭にする悪霊たちの軍勢の計画を感じているのだと思う。そうした諸霊の働きを観察していくと、もちろんその霊に動かされている組織や、宇宙人などの人間ではない存在なども見えてくることになる。
サタンは実際に存在するし、悪の諸霊というのは決して人としての形を持たない霊的な存在。そういう存在は元に存在する。無論、クリスチャンや教会自体もこうしたサタンや悪霊からの攻撃は常に受けている。こうしたものに立ち向かう時、大事なのは、汝の敵を愛せよという愛。右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさいという愛。しかしこれは御言葉があってのこと。人というのは愚かなものなので、御言葉に依らなければ、すぐに血肉の争いになってしまう。

「わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。」
‭‭エフェソの信徒への手紙‬ ‭6:12‬ ‭新共同訳‬‬

諸悪というのは決して人の形を取っていない。まして人間そのものではない。悪の根源が、人の罪にあり、その罪をもたらした存在が霊的な存在であるということがわかると、陰謀の背景にあるものも見えてくると思う。
そういえば僕も大学時代にどっぷりと陰謀論にはまった。陰謀論はある種のオカルト的世界に入る際の入り口になっているのだと思う。そしてその後に霊的な世界が確実に存在していることを実感し、政治学はもちろんのこと、諸宗教や哲学、オカルトの世界に入った。12年占い師をやって、最終的に聖書に行き着いた時に感じたことは、結局のところ、他者を思いやる愛が自分の人生を狂わせず、正しい方向に連れて行ったのだと思う。たとえ間違えた方向に進んでも、常に聖霊の働きを通じて、正しい方向へと正してくれた背景には常にイエス様がいたことに気付くのだ。それは僕自身の人生がいかに主にあって罪を赦されているのかを通じて証できることだ。主の御名においてお祈りします。アーメン!

イエス様の血潮で赦されて

ビジネスマンへの福音伝道を趣旨として創設された、「インターナショナルVIPクラブ」の顧問の市村和夫先生との出会いの中で、クリスチャンの国会議員や、大使の方々を発起人として開かれる、超党派の国会クリスマス晩餐会のお手伝いをさせていただくことになった。国会議員、政界、財界、官界を始めとした国のリーダーたちに、イエス様の福音を伝えるという趣旨の会だ。2/3がクリスチャンで、1/3がノンクリスチャンの300人を超える規模の晩餐会だ。
クリスチャニティのダイナミズムは、政治信条としての右派、左派に関係なく、主イエスキリストのもと、一つに集えるということ。「汝の敵を愛せよ」「皆キリストの身体の一部だから、目が手に向かって、お前はいらないといえない。頭が足に向かってお前たちはいらないとはいえない。」という思想がベースにあるからこそ、違いを超えて、一つとなれる。
僕自身、早稲田の政治経済学部政治学科出身で、当時いくつかの政治サークルにも入っていたからこそ、学生時代には政治の現場にもよく参加していたが、政治信条を超えて、イエス様が示された「無償の愛」の元に集うということ自体、非常に稀有な場所だなとしみじみと思う。
毎回の準備の中で、皆でそれぞれに祈るのだが、「一人でも多くの日本人が、福音を知って救われますように」と心を込めて祈っていたら、回を準備する上でのお祈り担当の一人としての役割を賜ることになっていた。そもそも元占い師なんていうクリスチャンとして全くもって1ミリも何も誇れるものがない、全く持ってすべてのクリスチャンの皆さんに対して罪の重さ故に頭が上がらないところから、こんな役割を賜ることになるなんて思いもしなかった。しかし、真反対から回心したからこそ、心から自らの罪を悔い改め、なおかつ「福音しか救われる道はない」ということを、ノンクリスチャンの方にも深く証ができるとも思う。
大企業の社長や、政治家の先生方、各国の大使などに交じって、何の取り付く島もない、むしろクリスチャンとしても罪人でしかありえないようなようなどうしようもない僕が、主イエスキリストの血潮で、罪を赦され、ひとりのクリスチャンとして、主の御前で祈りをささげられること自体が、イエス様の愛の深さを物語っていると感じる。
熱い聖霊に満たされた信徒の群れと出会いたいと願い、気づけばわずか一か月半で、隔週1/3/5週の土曜日で開催されていた佐々木満男先生のエクレシアを、毎週開けるように2/4週を担当させていただいたり、大泉学園の恵み教会では、ケン先生の出張の際に、代理でメッセージをさせていただいたり、明治学院大学で証をさせていただくことになったり、中村光子先生のご協力の元、聖霊神学について学ぶ、超教派的な集いを開催させていただいたり、国を背負った議員先生のために(そしてその背景にあるすべての国民のために)お祈りをさせていただくことになったり、これをイエス様の奇跡と栄光といわずしてなんというだろう。こんな罪人でしかあり得ない僕を、召し出して、わずか一か月半の間の中で人生の全てを作り変えてくださる方。それがイエス様なのだ。なんと素晴らしいお方なのであろうかと賛美せざるを得ない。アーメン!
願わくは、一人でも多く、イエス様の十字架を知って、救われてほしい。イエス様の十字架の意味を知って、そして、イエス様ご自身に出会って、永遠の生命を受けてほしいと願います。父と子と聖霊の御名においてお祈りいたします。アーメン。

これからのマンデラエフェクトについて

僕自身の身に、マンデラエフェクトが起こり始めたのは2017年3月27日から。そして、その時から一貫してきていたメッセージは2019年前半に「死者が蘇る地球」になるということだった。このことについての記事を振り返って整理してみた。そしてこのメッセージ通りに、マンデラエフェクトを認識できる人がtwitter上でも、指数関数の爆発的に増え始めている。

下記の記事を書いていた時は、僕はグノーシス主義を中心とした神智学研究をしていた西洋占星術師だった。そのため、使っている用語は難解なものだ。

しかしその後僕は聖書の御言葉と出会ったので、こうした難解な用語を一切必要とせずに、全く同じことを御言葉だけで説明ができる(そればかりでなく、それ以上の様々な真理をそこに発見できる/ことに神智学は人格主義に基づかないので知性偏重型であり、それこそがサタンの特徴だ)ことに気が付き、これまでの12年のキャリアのすべてを捨てて、クリスチャンになった。正直、僕は、福音を伝えるためなら、生命を捨ててもいいと思っている。それゆえ、本名で活動しているし、占い師だった過去も隠さない。それくらい一人でも多く、失われた魂が、永遠の生命を受けてほしい。イエス様の十字架しか救いがないということを、これからも全生命力をかけて証していきたいと思う。

主は、時間を被造物としてお作りになった方だから、過去をも変えられる。そしてそのことはすでにダニエル書や、ヨハネの黙示録の中でも預言されていること。決して、自分の意識でパラレルワールドを飛んでいるわけではなく(もしそうであるならばなぜ目の前の現実を意のままにしないのか?)、「すべての人の目が彼を仰ぎ見る(ヨハネの黙示録1章7節)」の御言葉通り、主が偉大な御業をなさっているということを繰り返し述べておきたい。

そもそもニューエイジ(スピリチャル)の中で流行ったアセンションという言葉も、もともとはキリスト教神学のイエス様が復活した40日後に天に上った、昇天(アセンション)からきている概念。つまりもともと聖書にある考え方に過ぎない。まして終末思想自体がそもそも聖書の世界からきているもの。

ニューエイジ文化でもてはやされ、最近は下品な商業主義、単なる金儲けに成り下がってしまっている、アチューンメント、チャネリング、ライトランゲージ、ヒーリングも、それぞれ、聖霊のバプテスマ、預言、異言、神癒という聖書の概念からの盗用でしかない。こうしたことは1冊の聖書を読めば、すべてそこに書いているのだ。なぜそれでも読まれないのか?それは、ニューエイジ文化の背景にサタンや悪霊がいるからに他ならないのだ。そうしたこの世の諸霊が、神の御言葉である聖書を読ませないようにしているのだ。

だからこそ、マンデラエフェクトを体験し始めた方は、まずは聖書を開き、読み始めてほしい。聖書とは、サタンや悪霊と戦うための御言葉という剣なのだ。

「また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。」

エフェソの信徒への手紙 6:17 新共同訳

あくまでニューエイジは、聖書を無理くり汎神論に当てはめようとして生まれた疑似宗教、もしくはシンクレティズム宗教(混合宗教)に過ぎず、聖書を読む文化がない日本人の間の中で流行っている偏った思想だということに、私たち日本人は気づかなければならない。このあたりは400年前に檀家制度を敷いて、聖書の御言葉を締め出した、鎖国の弊害だともいえる。むろんその当時はそうせざるを得なかったし、実際に聖書の御言葉のなかでも、終末の世に東の島々の民が主の御名を讃えると預言されている通り、それ自体も含めて主の計画の中にあるともいえる。

父と子と聖霊の御名においてお祈りいたします。アーメン。

2017年11月27日の時点ですでに2019年から物質次元が消失し、半身半霊化するというメッセージが来ていた。
2017年12月には、マンデラエフェクトが起こる理由が、CERNなどではなく、霊的な覚醒、主にブッディ層の覚醒によって起こることが分かっていた。
2018年7月には、マンデラエフェクトの背景にある集合意識の変化の、さらにその奥には、「個」の意識振動数があることを発見した。これこそ今考えてみれば、「主」であり「イエスキリスト」ご自身であった。
2019年中盤(すなわち6月から9月)に、意識シフトが早いライトワーカにおいては、死を超越し、永遠の生命を得ていることに気づくフェーズがやってくるとメッセージがあった。これはまさに今進行中のテーマである。
2019年前半には死者が蘇る地球になるということを言及している。
2019年前半にはこの世がデヴァチャン化(天国化)し、他力による第四イニシエーション(これはすなわちイエス様の十字架の磔による贖いを信じること)によって、デヴァチャン振動数が完成する2019年後半(つまり7月から)マンデラエフェクトの数が「極端に増えていく」ということになるだろう、というメッセージ通りのことが現在起きてきている。7月以降2年半の沈黙を破って、一気にマンデラエフェクトの体験談がtwitter上でバズりはじめているし、来月にはさらに指数関数の爆発的なグラフを描くと思う。
2019年の正月の挨拶が、「今年はマンデラエフェクトの年になる」というメッセージだった。そんな正月の挨拶、普通ないと思うが(笑)
マンデラエフェクトは今は地図やネット上の情報で気づく人が増えているが、これからはもっと日常的な事象で増えていくよというメッセージ。地図ばかりでなく、家の近所や、部屋の中ですら、主は、イエス様を受け入れて救われるまでなんども扉をたたいてくださる。それは一人でも多く、福音によって、救われてほしいからなのである。アーメン。
2017年3月27日の巨大隕石の衝突による死後の世界化(これはその後、聖書で幾度となく言及されている終末預言だった)や、死者の復活という概念について言及している。

イエス様というのは、本当に深く一人一人を愛しておられ、結局のところ福音を知らずにいまだ失われていく魂が多い日本人のことも、やはり深く愛しておられる。日本人には日本人の役割があって、今の時代だからこそ、本当の意味で主イエスキリストを、自らの救い主として、1:1の関係性の中で受け入れられる時代が来ているといえる。そこに気づいてほしいからこそ、主は、途方もない御業で、時空を超える奇跡を起こし、まるでヘレニズムの時代の初代教会で行われたような主の御業や徴を、私たちの目の前で起こし始めている。そうでもなければ、私たちは、宇宙という被造物が神であると思い込むだろうし、頭の中で考えた神を崇拝することになるだろう。しかし私たちは主の御名を唱えなければならない。

偉大な奇跡ゆえに、当時のローマ人をはじめとした異邦人たち(非ユダヤ人)は、汎神論を捨てて、聖書の主、つまり一神教を受け入れた。その当時と同様の奇跡を主イエスキリストは示し、私たち日本人の汎神論的な世界から、本当の真理であるところの、創造主は現にましますということを、明確に啓示される時代に入ったといえるのだ。

「彼らは声をあげ、主の威光を喜び歌い 海から叫び声をあげる。 それゆえ、あなたたちは東の地でも主を尊び 海の島々でも、イスラエルの神、主の御名を尊べ。 地の果てから、歌声が聞こえる。 「主に従う人に誉れあれ」と。 」

イザヤ書 24:14-16 新共同訳

マンデラエフェクトが2年半の沈黙の後にいよいよバズり始める

高次意識(その後、その声が、主だと分かる)のメッセージから、数週間後、2017年3月27日から始まったマンデラエフェクト。不思議なことに、この話題を様々な人に話したが、伝わらないか、もしくは伝わったとしても、まるで夢の中の会話のように次の瞬間には別の話題になってしまうという体験をおよそ2年半経験した。そして、マンデラエフェクトが起こった当初から2019年前半に「死者が蘇る地球」になるというメッセージを受け取っていた。これがまさか自分がクリスチャンになる(クリスチャンは十字架を信じることで、永遠の生命を得る)という意味だとは思ってもみなかった。2年半不思議なことに、誰に話しても、マンデラエフェクトについてスルーされていたが、やはりメッセージの通りに、2019年6月から急速にtwitter上で、マンデラエフェクトについて言及される方々が増えてきた。そもそも、いくら周囲に伝えても、ネット上でも書いても何の反応もなかった2年半と打って変わって、今マンデラエフェクトというワードが指数関数的にバズりはじめている。つまり、明らかに「目覚める人」が増えてきているということ。僕自身も、こうした現象の背景に、聖書の主、つまるところイエス様がいらっしゃるという結論に至るまで、2年半かかった。昨年の12月はまさかそんなことになろうとは思いもしなかった。しかし、様々な東西古今の文献を研究し、聖書は真理であるということを確信した。当時の僕がいかに混乱していたかは、半年間ブログをかけなかった(10年以上毎週続けていたメルマガすら、やはり半年間書けなかった)こと、そして、沈黙を破った半年後のブログ記事を読んで、察していただけると思う。マンデラエフェクトを体験し始めた2017年3月からは、あまりにも衝撃的な出来事だったゆえに、半年間とてもじゃないが、公にできなかった。頭が狂ったと思われたくないからだ。しかし最終的に、そうかこれは「壮大なギャグなんだ!」という結論に至り、「ギャグブロガー」として書こうという結論になって、ようやく文章化できたという思い出がある。

https://church360vr.com/2017/07/

今マンデラエフェクトという言葉がtwitter上でバズりはじめていて、当時の僕がそうであったように混乱されている方も多い。僕の場合、事前に「北海道の輪郭を見ていなさい」という不思議なメッセージがあったから、ある程度心の準備はできていたが、通常はそうしたこともないと思うので、現実だけを見ればものすごく混乱すると思う。しかし、そんな方にこそ、ぜひ聖書を開いてほしい。マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの四福音書を読んでみてほしい。聖書の中のあらゆる聖句から、終末の世における「マンデラエフェクト」についての預言と思われる個所がたくさんあるが、何よりも大事なことは、聖書の「目を覚ましていなさい」という御言葉通り、今自分の目の前に起きてきているマンデラエフェクトという不思議な徴を受け止めつつも、「汝の敵を愛せ」というイエス様の御言葉のように、「無償の愛」に生きることが大事だということは強調してもしきれない。終末の世は、人々の愛が冷める時。だからこそ、互いに愛し合うことが大事だし、何よりもそのためには、自分が御子イエスキリストの十字架によって、原罪が贖(あがな)われるということを知ることが大切。自分自身がマンデラエフェクトを経験し、ニューエイジャー/占い師からクリスチャンへと回心するまでの2年半の経験があったからこそ、これは本当に繰り返し伝えていきたい真実だ。父と子と聖霊の御名において、お祈りいたします。アーメン!

リバイバルの萌芽!

霊の注ぎと、リバイバルの萌芽がすごい。
もはやクリスチャンの世界において、もう教会は死んでしまったみたいな論調は古い。完全な過去だ。むしろものすごい流れを肌でひしひしと感じる。途方もなく巨大なリバイバルが日本を席巻する日が近い。これは確信だ。間違いない確信だ。周囲にイエス様への十字架の信仰を持ち始める人がものすごい勢いで増えてきた。主の御心が地上において行われますように!聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな!アーメン!

VR教会とリバイバル

SNSがfacebookからinstagramに移行したように、コミュニティの抽象度(ここでは文章→写真)に高まることによって、それに適応するSNSのサービスは移行する。おそらく今後のコミュニティの抽象的レイヤーは、「信仰」になると思う。VRが発達していくにしたがって、リアルとの境目が無くなり、また時空間の制限がなくなっていくため、同じ現実を体験するためには(つまり繋がりあうためには)、信仰レベルで一致していかないと、現実を共有しえなくなっていく。今回のリバイバルは、おそらくこうした社会背景と技術的イノベーションも大いに関係してくると思う。エコーチェンバーを防ぐためには、信仰の一致しかないし、それは歴史的にもヘレニズム期と中世、近世で、国際化→ルネサンス→リバイバルという流れが常に存在していることからも、証明されている事実。VR教会はこの流れに属する。非常に重要なインパクトのあるリバイバルの源流になると思う。

捧げること

捧げるってやはり非常に大事だなと思う。100パーセント主に捧げた時に、人は無欲に、なおかつ自分の限界を超えて、自分の器を大きくしていただける。神様に用いられるということは、なるべく神様に用いられやすいような器であろうとするということだが、しかしどうやったって、主の目から見て、自分の功(いさお)にたよって義であれる人なんていない。だからこそ、矛盾するようだが、捧げることが大事なんだと思う。それはイエスキリストが私たちの罪のために死んでくださった故のことであって、決して自らを誇るためのものではない。
自分の力で自分を造り変えるのではなく、主が自分を造り変えてくださるということ。そこには十字架が常にある。
信仰の喜びはここにあると思う。決して信仰はどこまで捧げ切っても、義務でもなく、苦痛でもない。それはイエス様が十字架で霊的に成し遂げてくださったからこそ、イエス様の功(いさお)に頼ってこそできることなのだ。

福音とイエス様を愛するネットワーク

イエス様について知っていただける場が周囲に確実に増えてきた。わずか1ヶ月の間に聖霊の導きのもと、奇跡的なご縁をいただき、求めれば、救われやすい共同体ができた。福音のネットワークしか、こうしたことは本当に難しいということを、ニューエイジの世界で12年やってきたからこそ実感する。一冊の聖書を通じて、深い信頼関係が醸成されていく共同体。本当に素晴らしいなと思う。これからの時代に真に必要なものだとしみじみと感じる。

教会のVR/AR化

日本の場合、VR/AR教会化することで、「建物の教会」という誤解を解いてくことができる。教会とはあくまで人の群れであって、建物ではない。はっきり言って、日本のキリスト教受容の歴史において、この建物の教会というイメージでどれだけ損をしているのかと、マーケッターの視点から見ると非常に残念に思う。聖書を読めば建物の教会ではなく、信徒の身体に聖霊が宿ることは明示されている。
旧約時代には奥義とされていたものが教会という概念。イエス様が、第二神殿の崩壊と3日後の復活という形で予言なさった「エクレシア(人の群れ)」への聖霊の宿りこそが、教会の本質だ。建物ではなく、信徒の群れに聖霊、つまり創造主が宿るのだ。
教会のVR/AR化は、この信徒の群れという概念を可視化させるので、構造的にこれまで以上に福音が広がりやすい時代になっていくと思う。

イエス様との出会いとマンデラエフェクトの体験

主の召し方って、やはり義人ではなく、罪人を誘う傾向がある。マンデラエフェクトも、めちゃくちゃ熱心なクリスチャンじゃなくて、クリスチャンを迫害していた元パリサイ人だったパウロにそうなさったように、だいたいグレーゾーンの人に、明確な主の徴を示されているようだ。
それゆえ、僕のような占い師/ニューエイジャーだった、聖書的には重大な罪人であっても、回心して、主のためにすべてを捨てて付き従う僕(しもべ)に造り替えてくださる。
マンデラエフェクトの気づく人が、割と、どこかでイエス様の十字架を知って、信じていながらも、既存の地上の教会で傷ついたり、人間特有の愚かさを見て、道義的に反発心を感じられている方が多い。一度はイエス様の十字架を信じて、しかしその後、信仰から離れているようなギリギリの信仰を持つ方に多くマンデラエフェクトという徴が出てきているのは、どうも今もなお、主は、一人でも多く主の御心によって、自らの御子の血潮によって、救われてほしいという強い願いを感じざるを得ない。
確かに、マンデラエフェクトのような徴が、熱心な信仰を持つクリスチャンに徴されたら、確実にエリート主義や選民意識に陥るだろうし、そうはなさらないところが、主のご計画の壮大さなんだと思う。
「後のものが先になる」というのはまさにこのことだなと感じる…。主の御名においてお祈りいたします。アーメン。

「このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」」
マタイによる福音書 20:16 新共同訳