第1ペテロと十字架の僕(しもべ)

道徳感化説について、主に聖書の中で神学として深く扱っているものは第1ペテロ。この書のテーマは、キリスト者の受難というテーマだが、やはりこの自分の十字架を背負うというフレームは非常に重要だなと思う。この視点がないと、大きな物事を成すことは難しい。特に今の時代些細な意見の違いが、分断を生み出す時代だからこそ、「汝の敵を愛す」それはすなわち「十字架の僕として苦しむ」ということを意味し、この覚悟をいかに持つかが、人間的な器になるのだと思う。思想的な背景としてこの十字架理解があるかどうかは、人間の生き方全般にわたって影響を与えるテーマで、やはり十字架への理解抜きに社会的に大きな物事をなしていくことは難しいと感じる。

相手のためや社会のために苦しむにしても、そもそも道徳感化説や、正しい聖書理解があるかどうかは、やはり非常に大事なものだなと思う。神学はそういう意味でも非常に実践的なものだなと思う。決して机上の空論ではなく、カウンセリングにおける心理学同様、アカデミックな神学的理解は、割と実践的な知になる。

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