GAFAとヘレニズム主義(なぜ今聖書を読むべきか?)

Google(YouTube)、Amazon、Facebook、Apple(iPhone)(最近はGAFAというらしい)などのネットサービスも登場してわずか数年で世界で有数の巨大企業になった。
日本におけるクリスチャニティのリバイバルも、まさにこういう形で一気に広がっていくことになる。今は風前の灯火ともいえる日本のクリスチャニティも、聖霊の注ぎによってリバイバルが起こる時には、とんでもないスピードで広がり始めると思う。少なくとも私たちが生きている時代はまさにそういう時代なのだ。

ちなみにGAFAの背景にある哲学は、ヘレニズム主義(人間中心主義、ヒューマニズム)にある。もともとはヒッピーカルチャーやニューエイジ文化のように、体制に対するカウンターカルチャーだったヘレニズム主義が、今は、むしろ体制側、メインストリームとなったのが今の時代。今の世の中のトレンドを形作っている動きの、背景にある思想をしっかりと知ることはとても大事なこと。ヘレニズム主義をよく理解するという意味でも、聖書を通じて、その反対の極にあるヘブル主義(創造主中心主義)を学ぶことは大事。

そもそもGAFAのシステムの設計思想が、ニューエイジ的なものなので、人々の意識がニューエイジの方向に向かうのは自然。特に、日本においてヘブル主義的な価値観がないため、諸外国よりも免疫がない。ゆえにニューエイジ的な弊害はむしろたくさん出てくるといえる。そもそも、エコーチェンバー化は、こうしたGAFAの設計思想にある重大な欠陥だといえる。このあたりを思想的に乗り越えていかなければならないと思う。

つまりSNSの設計思想上、SNSへの依存度が高まるほどに、知らず知らずの間に、ニューエイジ 的な思想になっていくということでもあるのかもね。SNSの論説が、エコーチェンバー化する理由はこうしたヘレニズム的な設計思想も背景にあるんだと思う。

まぁ基本的な設計思想は、いいね!をもらうために、何も考えなくとも、スマホを開いてパブロフの犬のようにずっと自己言及し続けるという構造だからね。人と繋がっているようで、本質的には繋がっていない。無論、facebookやインスタといったSNS自体の利益とは繋がっているだろう。そもそもSNSができるまで、人は日々の生活の中で、ここまで毎日自己言及しなかった。SNSという形で読まれる日記だからこそ、内容も盛るし、自己演出もする。

もし読まれる前提もなく、日記で自分を盛ったり、演出していたら、ただの気持ち悪い過度なナルシシスト。SNSはこうしたある種のナルシシズムに基づいていて、そもそも人に興味がない。こういうところに疲れる人は、SNSから離れて行くだろうし、ニューエイジ 的思想を強化して行くことに抵抗を感じない人は、どんどん深みにはまって行く。

そしてミイラ取りがミイラになるように、結局ニューエイジ 的商業主義に巻き込まれて、自分の生活もニューエイジ 的経済に乗っかっていくといよいよやめられなくなる。ニューエイジ ビジネスをしている人の発信を続けられる心理状態って、そういう構造なんだと思う。エーリッヒフロムが「悪について」で述べるように、こういったナルシシズム的構造から悪が生まれてくるのだと思う。ニューエイジ の本質ってある種のナルシシズムなんだよな。こういう矛盾を今の日本のSNSは抱えているように思う。

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