セルフブランディングと偶像崇拝

いわゆる巷に溢れているセルフブランディングというのは、十戒で戒められている偶像崇拝になりうるんだよなと思う。つまりは、自分自身を崇拝される対象、偶像にするということになりうるのだから。特にニューエイジ的なビジネスが、セルフブランディングを謳うのは、偶像崇拝の極み。あるいは、主以外のもの、つまり憧れの人を神のように崇拝することもまた罪(つまりサタンが入り込む要素)になる。カルトは多くの場合、ブランディングされた精神的指導者への偶像崇拝によって成り立つ。無論、ブランディングした結果偶像崇拝の対象になることも、十戒においては滅びの道である。霊的なものを扱うということは、すべからく自他の偶像崇拝を辞めて、主の賛美に立ち返るということが非常に大事なんだと思う。その意味で自分を愛するということや、自己価値を高めるという言説も、ある意味偶像崇拝になりうる。また、こうした自己崇拝は、最終的にはマモン(お金)への偶像崇拝に行きつくことになる。
「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」
‭‭マタイによる福音書‬ ‭6:24‬ ‭新共同訳‬‬
自己価値を高めるのではなく、罪びととしての自分が主イエスキリストによって赦されていることを知ることが大事。あくまで主の教えは、主を愛せよ、そして自分を愛するように人を愛せよ、ということにある。その中で、主の栄光を表すことこそが、真の価値だといえる。
主の栄光を称えれば、主の子供として引き上げられるのだから、わざわざ自己価値を高めるべきとかいうことは必要がなくなる。それが「御名があがめられますように」「御国が来ますように」「御心が天に行われる通り、地にも行われますように」という意味だ。
偶像崇拝というと分かりにくいが、英語ではidol worship(アイドル・ウォーシップ)。何か外側のものや人を、あるいは自分自身をアイドル化(偶像化)することは、常に罪と表裏一体である。特にSNS時代はこうした自己崇拝という偶像崇拝については、気を付けないとね。主を讃えよう。

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