セラピストとして思うこと

問題は解決されるためだけに存在する
わけではないのかもしれない。
  
セラピストとして仕事していて
そんなことをよく思います。
  
問題を通じて
こころの内側で
「何か」が深まっていく。
 
そしてその深まる「何か」は
誰にも予測できないし
またコントロールも出来ない。
 
悩んでいるならそれでいいし
無理に変えようと思わなくても
いいんじゃないかと。
 
むりに解決しようとするよりも
ときにはテレビを見て
ふて寝することも大切なんじゃないかと。
ただ問題が問題として
その人の心の中で映っているということは
 
「変わりたい」という思いが
そこにあるからだと思います。
 
その気持ちを大切にすること。
 
これってとても大切なんだなと。
  
いろいろなひとがいきている世の中で
全ての物事が自分の思い通りにいく
ということはないと思います。
 
それは悲観的にそう思っているのではなく
だからこそそこに「生きる意味」が
毎日の喜怒哀楽が
あるんじゃないのかなと。
  
でも、大切なことは
「変わりたい」という気持が無ければ
「問題」は生じないし
 
「変わりたいという気持ち」はきっと
「自分らしく生きたい」
という切望なのではないかと。
 
私自身がすごく
人生に対して前向きに思えるのは
どんな人にも
こうした「自分らしく生きたい」という
強い強い気持ちが
あるということ。
 
じゃなきゃ、悩みなんて生じないし
また問題なんて存在しない。
  
私自身が
生きていていいなと思うのは
どんな人にも
「自分らしく生きたい」という
人間的な感情があるということ。
 
「問題」が解決すれば
人生それでいいのか?
 
僕自身が大切にしたいのは
 
冬のように寒くて辛くても
また
夏のように活動的で楽しい雰囲気でも
 
そこに私たちが
「生きている」というリアリティ。
 
「問題」なんてそんなリアリティからみてみれば
あまりこだわることもないのかなとも
思うことが多いです。
 
私たちが「生きている」こと。
 
私はそうしたリアリティに触れた時に
 
なんだか人生に対して
前向きな気持ちを持てるようになることが
多いのです。
 

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