世代間の意識の格差

最近私が興味をもっているのは、
世代間の意識の格差です。
 
仕事柄、いろいろな世代と
お話しする機会があるので
それぞれの世代の特徴等も
おぼろげながら感じることがあります。
 
大まかに分けると、
 
■幼少期、青年期に太平洋戦争を経験した最後の世代
■定年退職を間近にした(あるいは定年退職後の)全共闘世代
■右肩上がりの経済成長の恩恵を受け、比較的豊かな暮らしを享受できた40代
■過激な受験戦争と、就職氷河期を経験し、それと同時にフリーターという概念も
表れ始めたた30代
■過度な受験戦争の反省からゆとり教育をうけ
また、幼少期にバブルが崩壊し、その後に青春期を迎えた20代
■生まれたときからインターネットが存在していた10代
 
(これにさらに加えると、大量の国債、破綻寸前の国家システム
地球規模の環境破壊などの負の遺産を、無条件で、受け継がなければならない
新生児世代もはいるのでしょうね。(汗))
 
こうした、
さまざまな世代とのコミュニケーションをとっていくと
それぞれの時代背景があって
個人の考え方が形成されて行くのだなということを
意識せざるを得なくなります。
 
そして、強く思うのが、
実はこうした世代の違いがありながら
それぞれの世代が
団子状に固まっていて
お互いの世代の意識の差異が
今現在、
意外と共有できていないということです。
 
これは、家族関係においても、
職場関係においても
非常に重要な意味を持っているのだと思います。
 
例えば、
結婚活動においても、
親の世代の結婚観と、
現在の結婚観とは、似て非なるもので、
 
昔と違って、職場において上司が
いい人を紹介するということは、
 
いまの職場だと
相手の受け取り方次第では
セクハラとなってしまうでしょう。
 
また、雇用形態も多様化し、
正社員と派遣社員との相互の
コミュニケーションをとる機会も
少なくなってしまいがちで
雇用形態の違いのために
なかなか良い相手と出会う
ということも難しくなっているようです。
 
こうした状況にも関わらず、
意外とそうした世代間の時代背景の差異が
世代間においてシェアされていないために
 
親の期待と、自分自身の実際の環境とに
ギャップを感じ、
辛くなってしまうこともしばしばあります。
 
これは、職場関係においても、
同様で、
 
右肩上がりの経済成長のなかで
純粋にスポーツカーへの憧れをいだけた40代の上司が、
バブルが崩壊してから日本が衰退期に入った時代に
(そして同時にそうした現状を目の前にして
物質的な豊かさの儚さを無意識に感じとっている世代)
青春期を迎えた20代のこころを理解して
うまく扱えるかというと、
 
これもなかなか難しいことでしょう。
 
では、こうした世代間の意識の格差を
埋めて行くものはなんだろうか?
 
と考えたときに
重要なことは、
 
やはり『語り合う』こと
だと思うのです。
 
また、年金制度の崩壊なども、抜本的な議論が進まないのは
こうした世代間の意識の差異に焦点が当たっていないからではないかと
思うのです。
私が思うに、2009年、2010年というのは
こうした世代間の格差をより
意識する一年になるのではないかと思っています。
 
そして、
以前から述べている通り、これからの2年間の
大きなテーマは
 
『分かち合い。』
 
これは物質的な富だけを意味しているのではなく、
 
こうした意識の差異を
どのようにお互いに理解し
乗り越えて行くのか、
 
という問題でもあるのです。
 
こうした世代間の意識の差異を埋めて行くのは
やはり
『コミュニケーション』
これにつきるでしょう。
 
以前は、こうした世代間の格差は
村や、町などの
共同体の内部で調整されて行きました。 
 
お互いに顔が見える距離だと
やはりコミュニケーションも進みやすいのです。
 
しかし、現在は
若者はワンルームに住み、
半径3メートル以内の人間関係に閉じこもってしまい、
他の世代とのコミュニケーションをとる環境はなく、
 
また、核家族化も進展し、
世代間のコミュニケーションが
非常にとりにくい時代となっています。
 
今後、こうした世代間の格差は、
コミュニケーションを通じて
お互いの理解を深めて行くことが必要なのでしょう。
 
隣人の顔が見えないと、
なかなか人は
お互いに『支えあう』『分かち合う』ということに関するリアリティーを
持つことができません。
 
こうした変容の時代からこそ、
異質な他者、世代を超えたコミュニケーションと
いうものは
非常に重要なテーマとなってくると思うのです。
 

カテゴリー: 未分類 パーマリンク